生 体 物 理 化 学 分 野

東北大学大学院農学研究科・生物産業創成科学専攻

20093月に撮影した写真

 

オカダ酸を含むクロイソカイメンとオカダ酸を含まないダイダイイソカイメンが近距離で見つかります

オカダ酸について

クロイソカイメンのオカダ酸結合蛋白質の構造、機能、存在意義

【背景

磯辺に生息するカイメンは、大量の海水を吸い込む際にプランクトンを濾しとり、栄養源にしています。二枚貝も同じような採餌方法をとりますが、このような生物を“フィルターフィーダー”と呼びます。気象や環境の変化により二次代謝産物(生理活性分子)を生産する毒性プランクトンが大発生すると、餌の選り分けができないフィルターフィーダーは毒化します。二枚貝は、時間をかけて二次代謝産物を排出または分解するメカニズムをもっていますが、毒性を有する期間に誤って人間が食べると食中毒にかかります。ただし、現在では、行政機関が定期的に毒性プランクトン発生状況を観測しているので、大規模な食中毒はほとんど起こりません。一方、カイメンについては、食用にならないためか、培養が困難であるためか、二次代謝産物の蓄積と放出に関する研究があまりなされていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

1981年、クロイソカイメンからマウスに対して顕著な急性致死毒性を示すオカダ酸(二次代謝産物)が単離されました。その後の研究により、オカダ酸は細胞内でタンパク質脱リン酸化酵素プロテインホスファターゼ1(PP1)および2APP2A)を阻害し、結果として発癌を促進することがわかってきました。オカダ酸の真の生産者は、クロイソカイメン内の共生微生物だと推定されています。タンパク質の脱リン酸化、リン酸化反応は普遍的な生理反応であり、プロテインホスファターゼはクロイソカイメンにとっても必須タンパク質であると思われます。したがって、PP1PP2Aを特異的に阻害するオカダ酸は、クロイソカイメンに悪影響を及ぼす可能性があります。すると、必然的に、「クロイソカイメンは、共生生物がつくるオカダ酸に対して耐性をもつのか」という疑問が湧いてきます。

 

【これまでに得られている結果】

私たちは、オカダ酸と結合することによって遊離オカダ酸の濃度を低下する防御タンパク質の存在を仮定し、クロイソカイメン抽出物からオカダ酸結合タンパク質の探索を行うことにしました。そして、低濃度のオカダ酸を検知できるバイオセンサー(参考文献1、2)と、放射標識オカダ酸を用いる結合試験法を併用し、種々クロマトグラフィーを用いて分画を進め、OABP1OABP2を精製しました。酵素消化に続くエドマン分解を行い、一部のアミノ酸配列を決定し、さらにこの配列を元に遺伝子クローニングを行い、全アミノ酸配列を決定しました。データベース検索の結果、OABP1はウサギ骨格筋由来のPP2A88%の相同性を示しましたが、OABP2は同タンパク質と相同性を示しませんでした。−ニトロフェニルホスフェートを基質とする脱リン酸化作用を観察すると、OABP1PP1PP2Aに匹敵する活性を示しましたが、OABP2はこの活性を示しませんでした。また、結合実験の結果OABP2に対するオカダ酸の結合解離定数が0.9 nMと求められ、オカダ酸のPP1PP2Aに対する解離定数(それぞれ、150M30 pM)と比較しても、オカダ酸がOABP2に対して高い結合性をもつことが判明しました。さらに、オカダ酸の蓄積が認められないダイダイイソカイメンからは、OABP2が検出されなかったため、OABP2とオカダ酸との結合が何らかの意味を持つこと推定されました(図、参考文献3)。

その後、私たちは、OABP2を構成する3種類のアイソフォームのうちOABP2.1OABP2.3をリコンビナントタンパク質として発現させることに成功しました。各リコンビナントタンパク質に対してOA1.30 nM1.56 nMの解離定数で結合することが分かり、相同性66%の両タンパク質が共通にもつ配列上にOA結合部位が存在することが分かりました(文献4)。さらに、このリコンビナントOABP2.1に対しては、Dinophysis spp.が生産するDinophysistoxin 1DTX1)も同程度の結合性を示すことが判明しました。

 

【今後の計画】

私たちの研究で、二次代謝産物のオカダ酸が含まれているクロイソカイメンから、PP2Aとは相同性をもたないオカダ酸結合タンパク質が同定されました。一見、クロイソカイメンには自己防御機構があるとした、当初の仮説が本当に正しいようにも思われます。現在、さらなる確証を得るために教員1名と学生3名で切磋琢磨しています。

 

1) Tetrahedron Lett. 1999, 40, 887-890.

2) Tetrahedron 2000, 56, 9003-9014.

3) Biochemistry 2007, 46, 11410-11420.

4) Bioorg. Med. Chem. 2010, 18, 7607-7610.

20103月に撮影した写真

 

千葉県にクロイソカイメンのサンプリングに行きました。関東周辺を中心にいろいろな場所でサンプリングを行っています。