フグ毒について


1.テトロドトキシンとサキシトキシン

フグ毒としてよく知られているのは、テトロドトキシン(tetrodotoxin)と呼ばれる毒で、その毒力は青酸カリの約1,000倍と言われている。フグの種類や部位などによって含有量が異なり、有毒部位(主に卵巣、肝臓など)を食べるとしびれや嘔吐などの中毒症状を起こし、最悪の場合は死亡する場合がある。フグ中毒の死亡率は高く、自然毒による食中毒の死者の約半数を占める。
しかし、フグはテトロドトキシンばかりでなく、麻痺性貝毒群の主毒である、サキシトキシン(saxitoxin)とその類縁体も有する。サキシトキシンはテトロドトキシンと同じ結合部位に結合して、神経や骨格筋に存在するNa+チャネルを阻害するため、重症の中毒の場合は死亡することもある。両毒のヒトに対する経口毒性はほぼ同じとされている。
我々の日常的な動作は、骨格筋が収縮したり弛緩したりすることで行われており、骨格筋は脳からの指令が神経を介して伝達することにより収縮する。この指令は膜電位の変化として伝播するが、テトロドトキシンとサキシトキシンはNa+チャネルに結合し、この膜電位の変化の発生を阻害する。このため、運動神経が麻痺して呼吸困難に陥り、重症の場合は死に至る。

・テトロドトキシンとサキシトキシンの生物界における分布
テトロドトキシンとサキシトキシンはそれぞれ、フグや貝のみに存在するのではなく、広く生物界に分布することが知られている。海洋では、テトロドトキシンは海藻や沖縄に棲息するウモレオウギガニなど一部の種類のカニにも存在し、このカニの場合、多くはサキシトキシンと共存する。テトロドトキシンは、細菌によって生産され、食物連鎖で大型の生物へ移行すると考えられるが、その生合成経路は未だ解明されておらず、大きな課題となっている。
また、フグ毒は、陸上生物にも存在し、世界中に広く生息するイモリや山椒魚からも見つかっている。中南米産のヤドクカエルも皮膚に高濃度にテトロドトキシンを蓄積しているが、近年このカエルには麻痺性貝毒類縁体も存在することが明らかになった。麻痺性貝毒群は海洋では渦鞭毛藻により生産され、二枚貝などがそれを摂取し、毒を蓄積することが明らかになっている。また、淡水の湖などに繁殖するらん藻によっても生産される。

・フグ体内におけるサキシトキシン
日本近海産のフグは、テトロドトキシンを主毒としているが、サキシトキシンも微量に有している。一方、東南アジアの一部(バングラデイシュ、フィリピン)のフグでは、サキシトキシンをテトロドトキシンよりも多く含むことが知られている。また、2002年4月にフロリダで漁獲されたフグにより米国で食中毒が発生し、その原因毒はサキシトキシンであったことが米国連邦食品医薬品局(FDA)により報告された。
これらのことから、フグの毒は生息場所により組成が違うことがわかる。テトロドトキシンとサキシトキシンは、作用する神経の部位も共通し、同一生物中で共存する場合があるのは興味深いことである。


2.我々の研究について

・フグ体内におけるテトロドトキシンとサキシトキシンの共存
我々は、ヒガンフグの血漿中に、テトロドトキシンとサキシトキシンのどちらにも結合するタンパク質を見いだした。このタンパク質は多くの種類のフグに存在し、フグがテトロドトキシンとサキシトキシンを両方含有する一つの要因であると考えられる。また、このタンパク質が外界から摂取した毒と結合することにより、毒の輸送と蓄積に関わっていると考えている。

・フグの毒に対する耐性
フグ毒が作用する骨格筋や神経の細胞膜に存在するNa+チャネルを、フグのものとマウスやヒトのもので比較した。その結果、フグのもつNa+チャネルはテトロドトキシンが作用しにくい構造(アミノ酸に変異がある)であることが明らかになった。これによりフグは自らの毒に耐性を持つに至ったと考えられる。また、フグは前述のテトロドトキシン、サキシトキシン結合タンパク質を血液中にもっているため毒を不活性化することができ、これも毒に対する防御の一つであるのかもしれない。


3.まとめ

毒は非常に高い活性と特異的な作用をもつ生理活性物質であり、新しい生命現象を解き明かすための重要な試薬となり得る。フグ毒や麻痺性貝毒が神経の研究に大きな役割を果たしてきたことがその一例であり、他にも様々な毒の強力かつ特異的な作用が生化学試薬として利用されている。我々は、これらの毒について研究を行うことにより、生命現象の解明と食中毒の予防・治療に役立てることを目指している。


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