研究紹介
作物学 中村貞二
イネの稔りにおける植物ホルモンの働き
とくに一穂内における稔りの違いについて
トウモロコシやトマトの花序内では,先端側の果実ほど成長が悪く,発育停止や落花(果)を生じ易く弱勢である.反対に基部の方ほど成長が良く強勢である(図1左).花序内で果実の成長に差があることは種々の植物で観察されるが,その原因は明らかになっていない.イネの果実(玄米)に関しては,花序(穂)の上部に着生する花(籾)ほど強勢で稔りが良く,反対に下部に着生する開花の遅い花ほど弱勢で稔りが悪い.とくに,稔実期の日射量が低いときや土地面積当たりの花の数が多すぎた場合に弱勢な花の稔りが悪化する(図1右).ナス科やマメ科では開花期間が長く,開花は次から次へと行われるので,ある果実の成長が失敗に終わっても後から咲く花によって収量が補償される.一方,イネでは一斉に穂が出て開花し稔りへと進行するので,これに失敗した場合にはすぐに収量減少へとつながる.よって,安定して多収を得るためにはこれら弱勢な花をいかに稔らせるかが重要となる.本研究室では,イネの弱勢な花の稔りが劣る原因を解明している.
- 穂の下部に着生する弱勢な花の果実は初期成長が遅延する
強勢な(穂の上部の)果実と弱勢な(穂の下部の)果実の成長を軟X線撮影装置により連続して観察した結果,弱勢な果実は開花(Stage A)から果実が籾殻の半分の幅に達する段階(Stage H)で,つまり将来デンプンを蓄えることになる胚乳細胞の分裂や伸長が盛んな時期に成長が遅延することがわかった(図2).

- 果実の初期成長の遅延は胚乳細胞数の減少を通じて稔りを悪化させる
穂の3つの位置(上,中,下)の果実 2B,B2,BB2を対象に実験を行った.2Bが最も強勢で,BB2が最も弱勢である.穂の開花開始期に遮光や剪葉により日射量を人為的に低下させる処理や,対象とする花以外の花(籾)をすべて間引く処理を行い,弱勢な果実の初期成長を遅延させたり,速めたりして解析した結果(強勢な果実は処理によりほとんど影響されない),初期成長の遅延は胚乳細胞の減少を通じて最終の粒重を低下させること,つまりデンプン格納庫の数が減少するために稔りが悪化することがわかった(図3,図4).

- 果実の初期成長速度は供給された光合成産物をいかに利用するかで決まる
果実の成長速度と糖濃度の関係を見ると,正の相関関係は見られず,むしろ成長の早い強勢な果実の方が糖濃度は低い傾向にあった(図5).糖は光合成によって合成され葉から輸送されてくるので,弱勢な果実の初期成長の遅延は光合成産物供給よりも,むしろ供給された光合成産物を成長に利用する段階が制限されて生じることが示された.このことから,ホルモーナルな制御機構の存在が示唆された.
- 果実の成長には植物ホルモンのABAが促進要因として実際に働いている
弱勢な果実に種々の植物ホルモンを外部から与えた場合,アブシジン酸(ABA)とサイトカイニンに成長促進効果,さらには胚乳細胞数と最終粒重を増加させる効果が認められた(高濃度のABAは反対に抑制効果).そこで,図6のように成長した果実についてABAとサイトカイニンレベルを分析してみた.その結果,開花からStage Hまでの果実の初期成長の違いはサイトカイニンレベルではなく(図省略),ABAレベルによって生じていること,そしてABAは成長促進要因として働いていることが示された(図7).
- 最後に
ABAは一般的には成長抑制ホルモンとされる.したがって,直接に果実の成長を促進するのではなく,他のホルモンを介して働く可能性あり.今後,研究していく予定.また,弱勢な果実の初期成長には品種間差があることがわかってきた.この原因についても明らかにする予定.

おまけ (冷害と植物ホルモン)
今までは,受精が正常に行われた場合の果実の成長に関して述べてきたが,受精そのものが失敗して不稔となる場合がある.代表的な例が冷害である.冷害に遭うと充実花粉(ヨウ素ヨウ化カリウム溶液で濃く染まる花粉)の数が減少して(図8)不稔となる.これにも植物ホルモンが関与しており,本研究室の研究から,成長促進作用を持つ植物ホルモンであるジベレリンやサイトカイニンは,充実花粉数の減少を促して冷害を助長することがわかってきた.