研究室の歴史

研究室の歴史


 本研究室は,昭和22年に家畜解剖学講座(畜産学第一講座)として、家畜繁殖学講座(畜産学第二講座)とともに畜産学科開設時に設置され、初代講座主任として鳥生芳行教授が着任した(昭和22年12月)。昭和24年5月に東北大学農学部が新制大学となった際、当研究室は畜産学第五講座となった。昭和24年12月に玉手英夫見上晋一が助手に採用され,技官として長峰英雄(昭和24年8月〜27年5月)と安田興二(昭和25年5月〜30年4月)が採用された。昭和26年2月に見上が岩手大学農学部に教授として転出し,石田一夫(昭和26年4月)と星野忠彦(昭和28年4月)が助手として採用された。その間,玉手が助教授となった(昭和27年6月)。技官では,長峰の後任に阿部弘(昭和27年5月〜28年4月),阿部謙三(昭和28年12月〜34年4月),後藤輝耕(昭和36年5月〜51年6月)が続いて技官となった。安田の後任に米谷定光が採用された(昭和30年5月)。盛合麗子(昭和34年6月〜35年3月)と上岡八重(昭和35年10月〜51年7月)が教授秘書として勤務した。鳥生は昭和36年4月の停年退官まで,家畜および家禽の各種の器官における組織および細胞内のグリコーゲンの存在と分布ならびに糖質について組織化学的な研究とその指導を行った。

 昭和36年10月に市川収が農林省家畜衛生試験場から教授として来任した(第二代教授)市川は,組織化学や家畜病理学などの幅広い知識と視野のもとに家畜・家禽の機能組織学に関する教育研究を推進するとともに食品の組織構造の研究に邁進した。玉手は北里大学へ教授として(昭和42年3月),また,石田は新潟大学へ助教授として転出した(昭和42年10月)。そして菊地建機が助手に採用された(昭和42年4月)。市川は,畜産学の主旨に沿うように,講座名を家畜解剖学から家畜形態学(昭和42年4月)に改める一方,屠畜検査員を研修生として受入れる道を開き,昭和41年度より宮城県および仙台市から多くの研修生を受入れてきた。不幸にも市川は病に倒れ昭和42年12月に急逝した。このため,教授と助教授を欠く事態となったので,竹内三郎教授(家畜繁殖学)が講座担任となり,その指導のもとに講座の教育研究が行われた。

 昭和45年4月に玉手が北里大学から教授として着任し(第三代教授),星野が助教授となり(昭和44年8月),鈴木惇が茨城大学から助手として来任して(昭和45年4月),講座の体制が整った。上岡は医学部に転出して,その後任に本橋幸子が来任した(昭和51年6月〜55年9月)。本橋の退職後,藤代寿美子が勤務した(昭和56年6月〜57年6月)。玉手は,反芻動物の消化器官,特に第一胃の研究に優れた業績をおさめるとともに,各種動物の消化器官,内分泌器官および骨格筋の研究指導に尽力した。その間に,菊地は国立武蔵野療養所神経センターに部長として赴任し(昭和60年10月),大和田修一が助手に採用された(昭和60年11月)。昭和61年3月に玉手は停年退官した。

 昭和53年6月12日、宮城県沖地震(仙台・震度5)が発生した。貴重なプレパラートの喪失など研究資産に大きな被害を受けた。
 平成62年12月に星野が教授になった(第四代教授)。鈴木が助教授となり(昭和63年5月),山口高弘が医学部から助手として着任した(昭和63年7月)。星野は,従来の方針におおむね沿った教育研究を推進する一方,組織培養の技術を取入れて新たな食肉生産向上の研究を推進するとともに,食品組織学の発展に尽した。星野は平成3年3月に停年で退官した。

 平成3年6月に鈴木が教授になった(第五代教授)。平成4年4月に学部の組織改変により,家畜形態学講座を機能形態学講座に改名した。平成5年11月に山口が助教授となり,渡邊康一が岩手県畜産試験場から助手として来任した(平成6年4月)。米谷は平成5年3月に定年退官した。技官の採用は定員削減により出来なくなり,本講座は教官4人で構成されることになった。鈴木は,これまでの研究課題とその方針に沿った教育研究を進める一方,筋線維型分類など家畜骨格筋に関する研究において日本の第一人者として優れた業績を挙げた。平成9年4月に大学院重点化により,本講座は大学院農学研究科資源生物科学専攻動物生産科学講座機能形態学分野となった。平成12年3月に鈴木は停年退官した。

 平成12年4月に山口が教授になった(第六代教授)。平成13年4月に麻生久が農林水産省畜産試験場から助教授として来任した。平成15年4月に大学院改組により,本分野は大学院農学研究科応用生命科学専攻動物機能科学講座機能形態学分野となった。また,平成16年度より,国立大学が独立行政法人化され国立大学法人東北大学となり、法人移行に伴い教官は教員となった。さらに平成19年度より教員の職名呼称が変わり,教授・准教授・助教となった。この間,事務補佐員(教授秘書)として,櫻井さとみ(平成12年〜21年3月)と,佐藤知永(平成21年4月〜平成22年3月)が勤務した。
 山口は,骨格筋・下垂体前葉・リンパ球および乳腺免疫等の様々な切り口から細胞培養と免疫組織学的手法を駆使した研究を精力的に展開した。また,ウシに関する種々の分野の研究をルミナント・バイオロジーとしての総合的研究に包括させる試みとして,日本畜産学会主催シンポジウム「ルミナントバイオロジーの新展開」を立ち上げた(平成18年より平成23年まで日本畜産学会大会時に6回開催)。山口の研究テーマの柱の一つである下垂体前葉細胞の機能解明については、その業績が讃えられ、平成20年8月に日本下垂体研究会・吉村賞が授与された。
 中国揚州大学動物科学院との国際交流を推進し、平成16年の学部間交流締結から、平成20年の東北大学と揚州大学との大学間交流締結に向けて尽力した。また、平成19年からは副研究科長および評議員として農学研究科の運営に大きく貢献した。
 平成20年には,独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構・生物系特定産業技術研究支援センターイノベーション創出基礎的研究推進事業「草原短角牛の造成と産肉機構ならびにその肉質特性の解明」採択に伴い,10月より産学官連携研究員として名谷真琴と研究補助員として大崎慶也(社団法人宮城県農業公社牡鹿牧場常駐)が採用され,平成21年4月からは産学官連携特別研究員PDとして高橋秀之が採用された。
 平成22年3月に山口は定年退職したが,引き続き平成22年4月より農学研究科に設立された環境保全型牛肉生産技術開発学寄附講座 (平成22〜24年度)の客員教授(東北大学名誉教授)となり,草原短角牛の研究成果の事業化に取り組むこととなった。高橋名谷大崎および佐藤(知)は山口の移籍に伴い寄附講座所属となり、同時に産学官連携特別研究員PDとして三宅雅人が採用された。その後,寄附講座では平成22年10月より産学官連携研究員として浦川めぐみが採用され,同年11月に名谷が退職した。

 平成22年度は、農学研究科の取り決めで教授空席となり、麻生、大和田、渡邊の体制で教育・研究に当ることとなった。また、当初は本年度より開始が予定されていた雨宮キャンパス移転は延期となった。
 平成23年3月11日14時46分、東日本大震災が発生した(仙台震度6強)。研究資産に大きな被害があったものの、教室員への人的被害は無かった。教室員の努力により,4月までには研究室はほぼ復旧した。
 寄附講座では、イノベーション事業終了に伴い、高橋は産学官連携特別研究員から寄附講座博士研究員となり、浦川も寄附講座連携研究員となった。また、平成23年3月で大崎は研究補佐員を退職した。同時に三宅が徳島大学疾患ゲノム研究センター助教に転出した。
 平成23年4月に麻生が教授になった(第七代教授)。本年度は准教授が空席となり、前年度同様の教員体制となった。同4月7日には東日本大震災の最大規模の余震(震度6弱)により再び被害を受けたが,教室員の復旧作業により同月中には研究室はほぼ復旧した
 寄附講座では山口が病に倒れ,平成23年8月11日に逝去した。山口には正五位・瑞寶小綬章が追綬された。同年11月に麻生が寄附講座教授を兼務することとなった。平成24年3月に佐藤(知)が東北大学流体科学研究所・事務補佐員に転出し,高橋は九州大学農学部附属農場高原実験実習場の助教に転出した。同年4月より,佐藤勝祥が博士研究員として採用された。平成25年3月をもって寄附講座は期間満了により解散し、浦川佐藤(勝)は機能形態学分野所属となった。
 平成24年3月に大和田が定年退職した。大和田の電子顕微鏡を用いた研究に関する広範な識見は比類なく、退職後も非常勤研究アドバイザーとして後進の指導を担当することとなった(平成27年度まで)。24年度も准教授が空席となったが、平成25年4月に野地智法が米国ノースカロライナ大学より准教授として来任した。佐藤(勝)は、平成26年7月に農研機構「機能性を持つ農林水産物・食品開発プロジェクト」における特任助教となった後、同年10月に秋田県立大学生物資源学部・助教として転出した。
 平成27年4月に、農学研究科附属食と農免疫国際教育研究センター(CFAI)が設立され、麻生が初代センター長となった(〜平成29年度)。同センターでは野地が感染免疫ユニット長を務め、渡邊も畜産免疫ユニットに兼務することとなった。平成27年11月から同年12月まで陳香凝(博士修了)が産学官連携研究員として採用された(退職後は中国に帰国)。

 平成28年度をもって、農学研究科は雨宮キャンパスから青葉山キャンパスへ移転した。当分野は最も早い11月の移転開始であったが、構内にレンタルラボや標本室が散在していたため完全に移転作業が終了したのは学部で最も遅くなり、土地引渡し間際の平成29年3月2日となった。新キャンパスでは農学系総合研究棟4階に教員室2、教員・学生居室1および実験室1、別棟4階に細胞培養室および実験室1という構成となった。(農学研究科の基準面積が50年前の移転凍結時からほとんど増やせなかったため、移転先の研究室面積は移転前より縮小した)
 平成30年度より産学官連携研究員が学術研究員と改称され、浦川の他に庄涛(博士修了)が採用された。は同年7月から平成31年3月まで、本学の平成30年度外国人教員雇用促進経費による助教となった。

 本研究室は、これまでに培われてきた動物生体組織における機能形態学の教育研究の流れを汲みつつ,独自に樹立した細胞株実験モデルを駆使して、形態と機能の両面から研究を精力的に展開している。また、免疫学的研究手法を軸に生体防御と生物生産を包括的に捉える実践型研究の取り組みにも力を入れている。加えて、本分野で創立した学問分野である食品組織学研究も継続している。