バクテリアのウイルスであるバクテリオファージは細菌の天敵としてだけではなく、細菌がそれを利用している側面があります。溶原化ファージが宿主のDNAを持ち込む形質導入はよく知られていますが、細菌のゲノム解析が進むにつれ、ファージが酵素遺伝子や毒素遺伝子などを持ち運び、溶原化した細菌の形質を変化させるファージ変換という仕組みが、細菌が新しい形質を獲得する際に関わっていることが分かってきました。1997年の発見以来研究を進めている黄色ブドウ球菌のPVL型毒素遺伝子保有ファージ群は、ブドウ球菌に感染溶原化することで新たな病原因子産生能を付与します。現在、これまでブドウ球菌ファージとして初めてそのゲノムを明らかにし、これら二成分性毒素遺伝子を保有するファージの宿主への感染機構の解析を進め、環境中でどの様に遺伝子を伝播し、強毒菌が生まれるのかを明らかにすることを目指しています。また、細菌を用いている発酵工業においてファージ感染は重大な問題です。細菌が産生する菌体外糖ポリマーやアミノ酸ポリマーは菌がファージから身を守るバリアとして働いていますが、納豆菌に感染するファージは納豆菌の防御壁であるポリγグルタミン酸(PGA)を分解する酵素の遺伝子を持ち歩いており、うまく隙間をくぐり抜けて感染に成功したファージは宿主菌に娘ファージと共にPGA分解酵素を作らせることで、納豆菌集団の防御壁を破ります。これが「糸切れ」です。私たちは2006年より食品総合研究所と連携して本ファージの解析に取り組み、現在そのゲノムの解析を進めています。

 一方、細菌の中には溶原化したファージを競合する近縁菌と対抗する手段として用いているものがあります。1980年に本研究室で植物病原菌Pectobacterium carotovorum (Erwinia carotovora)から発見された高分子量バクテリオシンであるcarotovoricin(Ctv)はファージ尾部状の構造を有し、マイトマイシンや紫外線などにより産生が誘発されます。これまでにその詳細な構造を明らかにすると共にその産生に関わる遺伝子群の全貌を明らかにして、本菌がバクテリオファージの尾部遺伝子群と溶菌遺伝子群のみを保持しすることを見いだし、これらの遺伝子群をSOS応答で誘発する因子を特定してきました。現在Ctvは多くのPectobacterium carotovorumが保有しているが、それぞれ感受性菌のスペクトルが異なっているメカニズムの解析を進めています。