発明紹介

公開された主な発明

権利化された主な発明

 




●発明者
川瀬独立主幹研究ユニット
ユニットリーダー 川瀬晃道

川瀬晃道ユニットリーダー

電波と可視光の間にあるテラヘルツ光領域は、未踏のまま開発が遅れ、長い間簡便な光源や検出器がなかった。
学部生の頃にこの分野に興味をもった川瀬独立主幹研究ユニットの川瀬晃道ユニットリーダーは、大学院時代に画期的な光源を開発し、仙台の理研フォトダイナミクス研究センター(PDC)光発生・計測研究チーム(伊藤弘昌チームリーダー)に移ってからもその改良に努め、広い周波数にわたり、きれいなテラヘルツ光を自在に取り出すことのできるシステムをつくりあげた。そして和光本所に移った2001年からテラヘルツイメージングの研究を開始し、最近、郵便物やケースの中に入った薬物をはじめとする化学物質を同定できるテラヘルツ光画像システムの開発などに成功した。
(表紙写真の左は集積回路の写真、右はレーザーテラヘルツ放射顕微鏡による断線検査)

テラヘルツ光を発生させる

──テラヘルツ光は、どのようにして発生させるのですか。

 川瀬:非線形光学結晶を使います。ニオブ酸リチウム結晶に酸化マグネシウムをドーピングしたものです。メーカーと共同開発しましたが、通 常のZ軸ではなくX軸方向に引き上げながら結晶成長させているところがひとつのポイントですね。テラヘルツ発振器の初期のタイプは、大学院時代に非常に苦労した末、成功させています。大学院当時のひとつの仕事として、プリズム結合器の開発があります。テラヘルツ光はYAGレーザーを非線形結晶に入れて発生させますが、そのままでは結晶面 で全反射して外に出てきません。結晶面に対してテラヘルツ光は約60度傾いています。そこで従来は、その向きに直角になるように結晶の角を切り落とし、そこからのみ取り出していました。
  一方、プリズム結合器は単結晶シリコンをプリズム型に切り出し、これを非線形光学結晶の表面 に並べ圧着させたものです。こうすると光が屈折して外に出てくるようになり、出力が従来の千倍になりました。また、シリコンのテラヘルツ領域での屈折率の変化はわずかなので、広範囲の周波数にわたり、テラヘルツ光をほぼ同じ方向に取り出すことができ便利です。

 

美しいテラヘルツ光を自在に手に入れる

――発生させるテラヘルツ光の周波数は、どう決まるのですか。

 川瀬:いくつか方法があるのですが、ここでは周波数一定の、つまり波長のそろった美しいテラヘルツ光を、どのようにして発生させているのかについてお話したいと思います。
  YAGレーザーで非線形光学結晶を叩くだけでは、結晶が利得をもっている範囲の周波数のテラヘルツ光が出てしまい周波数がそろいません。そこで、種光源とよばれる非常に周波数のそろったレーザー光をもう1本入れるのです。するとテラヘルツ光のスペクトルは従来の1万分の1くらいにシャープになり高い精度で周波数がそろいます。この手法は理研に来てから成功し、特許申請をしました。理想的な種光源の開発は米国の会社と共同で行いました。
  エネルギー的に考えると、非結晶光学結晶の電子をYAGレーザーによってω1のエネルギーで叩き上げると、それがω2とω3のエネルギーに分割されて落ち、ω3のエネルギーに相当するテラヘルツ光が出てきます(ω1=ω2+ω3)。このとき、ω1がピタッとω2とω3に分かれればきれいなテラヘルツ光が出てきますが、なかなかそうはなりません。そこでω2に相当する周波数をもつ種光源を入れると、きっちりとω2とω3に分かれるようになります。
  つまり種光源の周波数を決めれば、必然的にω3が決まりテラヘルツ光の周波数が定まります。言い換えれば、種光源の周波数を変えることによって、望みの周波数のテラヘルツ光が選べるわけです。
  ここで大事なのは、種光源を入れる角度です。種光源の周波数を変える時には、それに合う角度で入射しないとテラヘルツ光が外に出てきません。YAGレーザーと種光源とテラヘルツ光の間には、エネルギー保存則だけでなく、運動量 保存則もあり、それを満足させるような角度で種光源を入れる必要があります。これを角度位 相整合条件といいます。

写真1 光注入型テラヘルツ波パラメトリック発生器

当初は鏡を回転させたり、装置のステージを動かしたりして光軸をコントロールしていましたが、駆動部分があるとどうしても精度や耐久性に問題が出てきます。そこで、回折格子を置いて自動的に光の角度が調節できる方法を伊藤チームの今井一宏研究員が開発しました。
  種光源の周波数(波長)が変わると回折角も変わります。1ミリ当たり1200本の格子のあるものを用いた場合、さらに回折角の変化をレンズ系で3分の1に減らすと、ちょうど必要な角度となり、角度位 相整合条件が満足されるのです。この方法はアクロマティック光注入と名づけられ、2002年に特許申請されました。
  励起レーザー(YAGレーザー)と独自の非線形光学結晶を用いた基本構造に、種光源と回折格子とを組み合わせて非常に美しいテラヘルツ光を望みの周波数で発生させるようにし、プリズム結合器によりその出力を上げたこの発生装置全体を「光注入型テラヘルツ波パラメトリック発生器」とよんでいます。この装置は長さ50cmと卓上型で、この方式でテラヘルツ光発生に成功しているのは我々だけです。その波長可変域は110-460mm、ピーク出力は300mW、パルス幅は4ns、 繰り返しは50Hzという性能です。自由電子レーザーやp型Geレーザーなどテラヘルツ光を発生する既存の装置と比べて波長可変域は遜色なく、出力では勝てませんが我々の装置の方が格段に簡便で、大きさも小さく、パルス幅もよりシャープです(写 真1)。

 

安全なテラヘルツ光をX線代替に

――新しい光、テラヘルツ光にはどんな応用が考えられますか。

 川瀬:従来はX線などを使っていたものを置き換えるという分野と、テラヘルツ光ならではという分野の2つがあります。我々は後者のみを扱っています。
  X線の置き換えで注目されているのは、空港などにおける所持品検査です。現在、検査が強化されていますが、X線を浴びたくない人も多いでしょう。この分野の研究は、やはり米国の大学などが進めています。
  テラヘルツ光は水を通らないので、水分がほとんどという身体の検査には使えません。ただし、皮膚がんと乳がんの早期診断に使えないかという研究が一部で進められています。皮膚がんは表面 近くにありますし、また乳房は非常に脂肪分が多いので使える可能性が高いのです。どちらのがんも頻繁に検査ができればという要望が多いので、テラヘルツ光での代替が考えられています。

 

テラヘルツ光を プローブに使う

――テラヘルツ光ならではの応用分野には、どういうものがありますか。

 川瀬:我々の手がけているもののひとつはICなどの断線検査を行うもので、大阪大学と共同研究しています。この場合は、テラヘルツ光の発生装置を使うのではなく、ICチップから出てくるテラヘルツ光を検出するというものです。
  ICチップの配線に電圧がかかっているとき、これにフェムト秒レーザー光を照射すると後方散乱でテラヘルツ光がわずかに出てきます。しかも、その強度が配線にかかっている電圧にほぼ比例するのです。そこで、フェムト秒レーザーでICを走査して、出てくるテラヘルツ光の強度を像として出力し、正常なICの像と比べてテラヘルツ光の弱いところを検出します。そこが断線しているところになるわけです。
  フェムト秒レーザーを顕微鏡で絞り込んでICを走査するので、システムには「レーザーテラヘルツ放射顕微鏡」という名前をつけています。これも特許を出願中です。

 

テラヘルツ光で 鞄の中の薬物を分析する

――マスコミに多々取り上げられた、テラヘルツ光による薬物の検出システムというのはどういうものですか。

 川瀬:端的にいえば、さまざまな周波数のテラヘルツ光を当てることによって、封筒の中に入っている化学物質が何かがわかるというシステムです。麻薬などの違法薬物の検査・摘発に使えるということで話題になりました。

写真2
左: テラヘルツ分光イメージングの測定に用いたサンプル。ビニール小袋には左から順にMDMA、アスピリン、メタンフェタミンが封入され、撮像の際は封筒の内部に隠した。黄線の内側が撮像エリア。
右: 主成分分析により抽出された空間パターン。上から順にMDMA、メタンフェタミン、アスピリン。封筒に隠された3種の薬物が明瞭に識別 されている。

  これを可能にした要因が3つあります。1つはテラヘルツ光領域で、薬物の指紋スペクトルを発見できたことです。つまり、物質にテラヘルツ光を当てたときに、その物質を特定できる吸収スペクトルが存在していました。さまざまな試薬、覚醒剤をはじめとする禁止薬物、農薬、ビタミン類、糖類の指紋スペクトルがテラヘルツ領域にあったのです。
  従来、赤外光領域には多数の指紋スペクトルが存在することが知られ、赤外分光学という学問分野もあります。しかしながら、赤外光は封筒、鞄、服、財布といったものを通 らないので中身を調べることはできません。一方、テラヘルツ光はこれらを透過します。それが2つ目の要因ですね。
  3つ目はテラヘルツ光の数百mmという空間分解能で、微量な化学物質の同定を可能にしたことです。
  測定データの分析に、理研ナノフォトニクス研究室の河田聡主任研究員が開発した主成分分析という手法を用いると、例えば鞄や封筒の中に、覚醒剤とビタミン剤とアスピリンとがゴチャゴチャに混ざって入っていたとしても、その中から覚醒剤の濃度と分布だけを覚醒剤の指紋スペクトルを使って抽出することができます(写 真2) 。
  我々の発見したさまざまな物質のテラヘルツ領域での指紋スペクトル自体は、もともと自然に存在するものなので特許になりませんが、テラヘルツ光を用いた物質判別 方法と装置という形で特許を出しています。これには米国のメーカーが非常に興味をもっています。私としては日本でこの芽を育てたいと思っているのですが……。

 

テラヘルツ光で 液体の漏れを検出

――他にもテラヘルツ光ならではの応用がありますか。

 川瀬:今、家庭用洗剤などでは詰め替えをするのが当たり前になっていて、詰め替え用の小袋が多数流通 しています。この液体小袋の製造工程で、端のシーリングが不完全でわずかに中身が漏れてしまっていても、従来これを検査する方法がなかったのです。光で見ようとしても、光は不透明な小袋は透過しないので見つけるのが難しい。一方、テラヘルツ光なら大抵の小袋は透過するし、わずかな液体の漏れがあっても吸収されて通 らなくなりチェックが可能です。現在、テラヘルツ光で高速走査して漏れを検出するシステムの開発に取り組んでいます。これについても、テラヘルツ光を用いて、わずかな欠陥を検出する方法と装置ということで特許を申請しています。
  テラヘルツ光という新しい光の光源をまず開発し、次いでその応用分野を探ってきましたが、なかなか豊かな世界があるという実感を得ています。今後もどんな応用が出てくるか楽しみですね。

 

●主な関連特許
1. 川瀬晃道,伊藤弘昌,四方潤一"テラヘルツ波発生方法及び装置",特願2000-261233,特開2002-072269.
2. U.S. Patent Application, No.09/933085, "Method and apparatus for generating tera-hertz wave," Kodo Kawase, Hiromasa Ito, and Jun-ichi Shikata, Aug. 21, 2001
3. 今井一宏,川瀬晃道,伊藤弘昌"テラヘルツ波発生装置とその高速同調方法",特願2001-187735.
4. 南出泰亜,川瀬晃道,伊藤弘昌 "リング型共振器とその高速同調方法", 特願2001-293000.
5. 今井一宏,川瀬晃道,伊藤弘昌"テラヘルツ波発生装置とその同調方法",特願2002-106561.
6. 川瀬晃道,伊藤弘昌,南出泰亜"テラヘルツ波を用いた差分イメージング方法及び装置", 特願2002-270917.
7. 斗内政吉,川瀬晃道,廣住知也,深澤亮一"集積回路断線検査方法と装置",特願2003-012550.
8. 川瀬晃道,渡部裕輝,碇 智文"テラヘルツ波分光計測によるターゲット判別 方法及び装置", 特願2003-082466.
9. U.S. Patent Application, No. 10/406605, "Apparatus for generating tera-hertz wave and tuning method," Kazuhiro Imai, Kodo Kawase, and Hiromasa Ito, June 2, 2003.
10. EU Patent Application, No. 03007799.4-, "Apparatus for generating tera-hertz wave and tuning method," Kazuhiro Imai, Kodo Kawase, and Hiromasa Ito, Mar. 24, 2003.
11. 川瀬晃道,森田康之"細長部材の欠陥検出方法及び装置",特願2003-277958.
12. EU Patent Application, No. 03021234.4-, "Method and apparatus for differential imaging using terahertz wave," Kodo Kawase, Hiromasa Ito, and Hiroaki Minamide, Nov. 11, 2003.

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