> 細胞質雄性不稔 の変更点 - 環境適応生物工学研究室

細胞質雄性不稔 の変更点


#author("2016-04-01T09:29:24+09:00","default:kanteki","kanteki")
[[研究紹介]]
イネ細胞質雄性不稔に見られる核とミトコンドリアのゲノム障害

研究成果の概要:~
 F1ハイブリッドライス(一代雑種品種)は超多収のため、世界の稲栽培面積の12%で栽培されている。この育種には、細胞質雄性不稔性と稔性回復遺伝子が使われている。本研究では、イネにおける3種類の細胞質雄性不稔発現機構および稔性回復機構を解明した。ミトコンドリアゲノムが花粉の運命を決定していることや、核ゲノムとミトコンドリアゲノムのせめぎ合いと和解のメカニズムを明らかにするとともに、ハイブリッドライス育種へ応用するための分子基盤を明らかにした。

1.研究開始当初の背景~
 ハイブリッドライス(一代雑種イネ)は15%から20%の収量増が期待される。中国では 16百万ヘクタールで栽培され、イネ栽培面積の半分を占めている。さらに、東南アジア各国や米国でも栽培され、世界全体でのハイブリッドライス作付け率は12%となっている。ハイブリッドライスの育種には雄性不稔系統が使われるが、全体の95%がWA型雄性不稔細胞質(WA-CMS)を利用している。世界のイネ全栽培面積の1割が単一の細胞質に依存していることになり、遺伝的脆弱性が危惧されている。しかも、WA-CMSは、細胞質の原因遺伝子、核の稔性回復遺伝子の正体も明らかにされていない。分子基盤が解明されないまま使われている。遺伝的脆弱性の克服にはCMS細胞質の多様化が必要である。また、多くの系統に有効な雄性不稔細胞質と稔性回復系統の開発および、メカニズムの解明が望まれている。

2.研究の目的~
 細胞質雄性不稔性は、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの特定の組み合わせで花粉発育障害が起きる現象である。核ゲノムとミトコンドリアゲノムの間に存在するゲノム障壁ととらえることができる。雄性不稔細胞質のミトコンドリアには雄性不稔の原因となるキメラ遺伝子が存在し、一方、核コードの稔性回復遺伝子はキメラ遺伝子産物の修飾を行なって障壁を回避していると考えられている。本研究では、イネにおける3種類の細胞質雄性不稔/稔性回復遺伝子(BT-CMS/Rf1, LD-CMS/Rf2, CW-CMS/Rf17)を材料とし、それぞれ、雄性不稔発現機構および稔性回復機構の解明を行なうことを目的とする。

3.研究の方法~
 ミトコンドリアの全塩基配列を決定し、新規のorfを見つけ出す。稔性回復遺伝子の有無によって発現パターンが変化するミトコンドリア遺伝子を探索して候補遺伝子とし、タンパク質レベルで解析する。そのタンパク質がミトコンドリアに与える影響について調査する。
 核遺伝子とミトコンドリア遺伝子の発現をアレイ解析により網羅的に比較し、雄性不稔発現機構を明らかにする。
 それぞれの稔性回復遺伝子産物に結合するRNAとタンパク質を同定し、稔性回復遺伝子の作用機構を考察する。

4.研究成果~
(1)ミトコンドリアのCMS原因遺伝子の解明に関わる研究:BT-CMSの原因遺伝子と考えられるORF79タンパク質の蓄積を調査し、ORF79がミトコンドリア膜に蓄積することを明らかにした。
 LD-CMSとCW-CMSについてミトコンドリアゲノムの全塩基配列を決定し、DDBJに登録した(登録番号AP011076およびAP011077)。CW-CMSミトコンドリアゲノムに特有の遺伝子構造として、ORF307を見出した。
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(2) 雄性不稔発現機構についての研究:~発育段階別の葯を用いてアレイ解析を行い、それぞれのCMSに特徴的な発現プロファイルを示す遺伝子、共通する特徴を示す遺伝子等を明らかにした。CW-CMSの雄性不稔発現に関与するプロテインファスファターゼ遺伝子DCW11などを明らかにした。5種類のCMS系統の花粉形態、ミトコンドリア遺伝子のRFLP、および、核遺伝子発現のアレイ解析を比較することで、ミトコンドリアゲノムの類似度が核遺伝子の発現パターンと花粉形態の類似度に極めてよく関連していることを示し、ミトコンドリアが花粉の運命を決定していると結論した。

(3) 稔性回復機構の解析:~BT-CMSの稔性回復遺伝子Rf1はRNAプロセッシングを通してORF79の翻訳を阻害することを明らかにした。CW-CMSの稔性回復は,機能不明の遺伝子RMSの発現減少によることを示した。RMSはacyl-carrier protein synthaseドメインの一部を持つ機能不明のタンパク質をコードしていた。RMSはミトコンドリアから核への逆行シグナル制御(レトログレード制御)による制御を受けることが示唆されたため、RETROGRADE-REGULATED MALE STERILITY  (RMS)と命名した。RMSの発現抑制によって稔性回復を引き起こすという、他種を含めてこれまで知られていないユニークな稔性回復システムを発見することができた。

(4)<位置づけ、インパクト、今後の展望>本研究により、雄性不稔発現機構と稔性回復機構をミトコンドリアから核へのレトログレードシグナリングによって連結することができた。イネの細胞質雄性不稔と稔性回復のメカニズムに新たな知見を与えるのみならず、植物ミトコンドリアにおけるレトログレードシグナリングに関する先駆的な研究となった。
 BT-CMS/Rf1は「CMS原因を破壊するタイプ」、LD-CMS/Rf2は「CMS原因をなだめるタイプ」、CW-CMS/Rf17は「CMS原因を無視するタイプ」というモデルを提唱した。本研究は、核とミトコンドリアのゲノム障壁を分子遺伝学手に明らかにするとともに、ハイブリッドライスの育種に貢献するものである。
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