沿岸域の海水流動は気象条件の影響を少なからず受けており、これを評価するための気象観測データは、時空間的に疎であるのが一般的である。陸上と海上で風向や風速の絶対値は異なっており、しかも海上観測であっても地点が変わると風の条件は異なってくる。このため、陸上の観測値や限られた気象の実測値を空間内挿し、これを海洋モデルに入力しても、精度良く沿岸域の海水流動を再現できない。
そこで、気象モデルMM5に海洋モデルCCMおよび波浪モデルSWANを結合させた大気−海洋−波浪結合モデルを用いて、@風等の気象の動態およびA大気・海洋・波浪場の海面境界過程を高精度に再現した沿岸域の海水流動シミュレーションを行い、気象条件の与え方が内湾の流動に与える影響を具体的に明らかにした。
伊勢湾の流動場の解析例から、気象モデルを適用した場合には、限られた地点数の気象観測結果を単純に空間外挿した場合に比べて、水温場の再現性だけでなく、塩分場の再現性も改善されることが明らかとなった。これは風の空間分布の再現性が改善されることで、局所的な風の影響を受ける河川プリュームの移動や破壊などの再現性が向上するためである。
また、イベント現象である台風時の高潮の解析例においても、気象モデルを適用すると、台風による風や気圧場の複雑な空間分布が従来の経験的台風モデル(Schloemerの気圧分布式など)よりも良好に再現されるので、高潮の計算精度が向上することが確認された。
No | 質問 | 回答 |
1 | 境界条件はどのような条件を与えたのか? | MM5の境界データには、気象庁メソの客観解析データを用いた(GPV)。 |
2 | 日射量と降水量はどのようにモデリングしたのか? | 降水量は、MM5の雲微物理過程のReisner graupel スキームにより再現した。 |
3 | 海側の開境界条件はどのように与えるべきか? | 今回は関根先生の気候値を用いたが、海側の開境界条件の取り扱いについては今後詳細に検討する必要がある。 |
4 | 海域の初期条件はどのように与えたか? | 観測値を使用した。 |
5 | MM5の適用においてデータ同化を行っているか? | MM5は同化機能を有しているが、今回結果を提示した計算では、データ同化は行っていない。 |
6 | MM5と海洋モデルの計算負荷の関係はどのようになっているか? | 対象とする場や状況によるので一般的なことは言えないが、今回は気象モデルにネスティング手法を用いたために、気象モデルの負荷が大きくなっている。 |
7 | (東京湾では冬季エアロゾルの影響が大きいが)、エアロゾルの影響を考慮したか? | 今回は考慮していない。 |
8 | 吹送流の発達、混合層の発達に対する波浪モデルの影響はどの程度か? | 今回は、波浪モデルの効果を調べた結果を提示しなかったが、大気−海洋−波浪結合モデルと大気海洋結合モデルでそれぞれ冬季伊勢湾を計算し、VHFレーダ観測値と比較している。その結果、大気−海洋−波浪結合モデルは、大気海洋結合モデルに比べて流速および流向の計算精度が改善されることがわかった。他の季節や混合層の発達に対して波浪モデルがどのような影響を持つのかについては、今後調べていきたい。 |
9 | 三河湾のブイの観測データで検証を行っているか? | 検証を始めたところである。今後、その結果を報告したい。 |
10 | 水温だけでなく、塩分の再現性が向上する理由は? | 精度検証を行った湾奥部は、木曽三川からの淡水流入の影響を強く受ける場所である。そして、河口近傍の風の再現性が向上することにより河川プリュームの移動・破壊などの再現性も向上し、その結果、塩分の計算精度が良くなったものと考えられる。 |
11 | 河川流量、河口での水温・塩分はどのような条件としたのか? | 河川の塩分は0とした。河川水温は海域と一致させた。流量については、国交省のデータを使用した。しかし、流量データは河口より最大60km上流のものであり、この点は問題である。この改善策として、気象モデルMM5で計算される降水量を利用した河川モデルの組み込みを考えている。 |
12 | 今回は冬を対象としているので、海−大気間の熱の相互作用は効きにくい条件ではないか? | ご指摘の通りである。しかしながら、冬季は気温より水温が高いことが多く、大気の状態が不安定となりやすい。このような状態では、常に中立を仮定して摩擦速度を計算するWuのバルク式より、大気の安定度を考慮できる結合モデルの方が計算精度が良いことを確認している。 |
13 | 気象モデルの領域の設定方法は? | ネスティングを適用し、大領域は日本全体を包括するように設定した。というのは、雲の発達を再現するためには、計算領域を比較的広範に設定する必要があったからである。 |
14 | ネスティングを適用する小領域の設定方法は? | 小領域の境界値は、大領域で計算された物理量が用いられるため、その領域はかなり狭くても問題ないと思われる。 |
15 | 海−大気間のインタラクションはどれぐらいの時間間隔で考慮する必要があるか? | インタラクションの時間間隔を1時間、30分、10分、5分に変化させて、比較計算を行った。その結果、10分のものに比べて1時間、30分では計算精度が非常に悪く、また10分と5分では、計算結果は変わらないということが明らかになった。ただし、対象とする季節によって、結果は異なってくると予想される。 |
気象モデルを適用するとシミュレーションの計算負荷がかなり増大する。このため、@環境アセスにおいて敢えて気象モデルを組み込む必要があるのか、またA詳細な気象モデルを敢えて利用する必要がないのであれば現状評価や将来予測のためにどのような代表風を用いるべきかということ、を今後明らかにすべきである
また、海洋モデルにおいては、流速、密度などの鉛直分布を特徴付ける乱流モデルが重要であり,その選択や改良・開発などを詳細に検討していく必要がある。
気象に比べて、海洋の観測データの充実度は低いため、海洋モデル自体も未だ完全ではなく(開発段階にあり)、今後、海洋の観測データを充実していく必要がある。