植物の抗ウイルス戦略:「失敗」とされてきた全身壊死が、周囲の血縁個体をウイルスから守る

現在人類がウイルスの脅威に直面しているのと同様に、植物も様々な病原体の脅威と向き合い続けてきました。陸上植物は病原体の感染をそれぞれ特異的に認識して抵抗性を誘導する「抵抗性遺伝子(R遺伝子)」を100~1000コピー程度ゲノムにもちます。R遺伝子により抵抗性が誘導されると病原体の感染域拡大が停止します。この際に感染部位の植物細胞が自発的に死ぬ「プログラム細胞死」が起こる例がよく知られていますが、この細胞死が起きない場合でも感染域の拡大が抑制される例も知られており、細胞死が起こる意義については議論の余地がありました。

今回、東北大学大学院農学研究科の大学院生Derib Alemu Abebe氏・高橋英樹教授・宮下脩平助教らの研究グループはユトレヒト大学との国際共同研究で、キュウリモザイクウイルスとその感染を認識して抵抗性を誘導するR遺伝子について解析した結果、R遺伝子による抵抗性誘導時には細胞死誘導に先立って細胞に感染するウイルスゲノム数の低下がすでに起こることを見出しました。また、キュウリモザイクウイルスの外被タンパク質1アミノ酸変異体の感染時にはこのウイルスゲノム数の低下が不十分となり、その結果としてウイルスが全身感染した後に細胞死が起こって植物体全体が死ぬ「全身壊死」になることを明らかにしました(図A)。R遺伝子依存的な全身壊死はこれまでにも報告があり、「抵抗性の失敗」とされてきました。しかし研究グループは今回、感染個体の全身壊死により周囲の個体へのウイルス感染源が消滅することから、これが集団レベルのウイルス抵抗性機構として機能する可能性を提案しました(図B)。一般に、自己犠牲を伴う形質は進化の過程で淘汰されます。しかし陸上植物のように親個体の近傍に子孫を残す生物においては局所的な血縁集団が形成されるため、全身壊死による自己犠牲が周囲の血縁個体をウイルスから守る仕組みとして機能し、選択される(有利なためその形質をもつ個体が増えてくる)可能性がシミュレーションで示されました。これらの結果は、R遺伝子によるプログラム細胞死は個体レベルではなく集団レベルのウイルス抵抗性において必要である可能性を強く示唆します。

この研究は、植物のR遺伝子が誘導するウイルス抵抗性を「個体レベル」と「集団レベル」に分けて捉えることを提案するものであり、今後農作物のウイルス抵抗性戦略をデザインする上で重要な視座をもたらすものと期待されます。本研究成果は、2021年8月9日に国際学術誌「Communications Biology」で公開されました。

【掲載論文情報】
タイトル: Plant death caused by inefficient induction of antiviral R-gene-mediated resistance may function as a suicidal population resistance mechanism
著者: Derib A. Abebe, Sietske van Bentum, Machi Suzuki, Sugihiro Ando, Hideki Takahashi, Shuhei Miyashita* (*責任著者)
雑誌名: Communications Biology
掲載URL: https://www.nature.com/articles/s42003-021-02482-7
DOI: 10.1038/s42003-021-02482-7

【問い合わせ先】
宮下脩平
東北大学大学院農学研究科植物病理学分野 助教
電話:022-757-4298
e-mail: shuhei.miyashita.d7*tohoku.ac.jp *を@に変更してください。

この研究は以下のSDGsの達成に資するものです。

  • 1.貧困をなくそう
  • 2.飢餓をゼロに
  • 15.陸の豊かさも守ろう