麹菌における加水分解酵素遺伝子の発現制御機構の解析
麹菌における加水分解酵素遺伝子の発現制御機構の解析
1. 麹菌のアミラーゼ遺伝子発現制御機構の解析
麹菌は、デンプンを分解するアミラーゼ系酵素を大量に分泌するという性質により, 古来より酒の醸造に用いられています。アミラーゼ遺伝子の発現は、デンプンやマルトース存在下で強く誘導され、この遺伝子発現を制御する転写因子として Zn(II)2Cys6 型転写因子 AmyR が五味らによって同定されました。amyR を破壊するとアミラーゼの生産がほとんどできないために、デンプン培地での生育が著しく悪化します。また、モデル糸状菌 Aspergillus nidulans の amyR 破壊株はマルトースを炭素源とした培地でも生育不良を示します。一方で、大変興味深いことに麹菌 の amyR 破壊株はマルトース培地では野生株と同程度の生育を示します。このことから, 麹菌のマルトース取り込み・資化は AmyR による制御とは独立した機構によって制御されていると考えられました。
麹菌ゲノム解読の結果, 出芽酵母のマルトースの取り込み・分解に関わる遺伝子群 (Maltose-utilizing cluster; MAL cluster)と類似したクラスターが見いだされました。このクラスターは Zn2Cys6 型転写因子 (MalR)、マルトースパーミアーゼ(MalP)、マルターゼ (MalT) により構成されており、malP と malT の発現は MalR によって制御されていることが明らかとなりました。また、malR 破壊株と malP 破壊株はデンプン培地、マルトース培地の両方で生育不良を示しました。このことから、麹菌のマルトース取り込み・資化はこの MAL クラスターによって制御されていることが示唆されました。
モデル糸状菌である Aspergillus nidulans では、AmyR が活性化基質の添加により細胞質から核内に移行することが示されており、マルトースよりもイソマルトースの方がより低濃度かつ短時間にこの核移行を誘導することが明らかとなっています。麹菌の AmyR と MalR の活性化機構を調べるため、それぞれの転写因子に GFP を融合して発現させ、細胞内局在を観察しました。その結果、AmyR は A. nidulans と同様に活性化基質依存的に核移行するのに対し、MalR は恒常的に核に局在していることが明らかとなりました。さらに、制御下遺伝子の発現解析を行った結果、AmyR はマルトースよりもイソマルトースによってより短時間で活性化されるのに対し、MalR はイソマルトースでは活性化されず、マルトース存在条件下では AmyR に先行して活性化されることが明らかになりました。これらの結果は、アミラーゼ生産に関わる AmyR と MalR が全く異なる機構により活性化され、MalR はマルトースを AmyR の活性化基質として利用するのに必要であることを示しています。
現在は転写制御マシナリーの同定など、さらに詳細な分子機構の解明を目指しています。
参考文献
Molecular cloning and characterization of a transcriptional activator gene, amyR, involved in the amylolytic gene expression in Aspergillus oryzae.
Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 2000, 64(4): 816-827.
Gomi K, Akeno T, Minetoki T, Ozeki K, Kumagai C, Okazaki N, and Iimura Y.
Characterization and expression analysis of a maltose-utilizing (MAL) cluster in Aspergillus oryzae.
Fungal Genetics and Biology, 2010, 47(1): 1-9.
Sachiko Hasegawa, Masahiro Takizawa, Haruhiko Suyama, Takahiro Shintani, and Katsuya Gomi.
Distinct mechanism of activation of two transcription factors, AmyR and MalR, involved in amylolytic enzyme production in Aspergillus oryzae.
Applied Microbiology and Biotechnology, 2015, 99(4): 1805-1815.
Kuta Suzuki*, Mizuki Tanaka*, Yui Konno, Takanori Ichikawa, Sakurako Ichinose, Sachiko Hasegawa-Shiro, Takahiro Shintani, and Katsuya Gomi.
2. 固体培養特異的な転写発現制御機構の解析
日本酒や味噌、醤油などの製造では、麹菌を米などの固体基質上で培養する固体培養という培養方法が用いられています。麹菌によるタンパク質生産量は液体培養よりも固体培養の方が
多く、いくつかの酵素タンパク質は液体培養ではほとんど生産されず、固体培養において特異的に生産されることが明らかとなっています。その代表的な酵素タンパク質としてグルコアミラーゼ(GlaB)と酸性プロテアーゼ(PepA)があり、これら二つの酵素は日本酒の製造において最も重要な酵素であることが知られています。glaB の遺伝子発現制御機構については、菌糸成長阻害、低水分活性、高温という3つの条件が必要であることが示されており、これらの条件を寒天プレート上で再現することで glaB の発現を誘導することができることが明らかになっています。また、他のアミラーゼ遺伝子と同様に、glaB の発現も転写因子 AmyR の制御下にあることも明らかとされています。しかし、固体培養特異的な転写誘導を制御する転写因子は未同定でした。
私たちは、麹菌の転写制御因子破壊株ライブラリーから GlaB の生産に関与する転写因子のスクリーニングを試みました。プレート培養で GlaB の生産を容易に検出できる方法を構築し、434 株の破壊株から GlaB 生産が減少している破壊株を選抜しました。これらの破壊株から、固体培養においてグルコアミラーゼ活性が特異的に減少している株を1株見出しました。この破壊株は、分生子形成に関与していることが報告されている転写因子 FlbC の破壊株でしたが、他の分生子形成に関わる転写因子の破壊株ではグルコアミラーゼの生産に影響は見られませんでした。flbC 破壊株では酸性プロテーゼの生産も減少しており、glaB と pepA の転写産物がほとんど検出されませんでした。このことから、FlbC は分生子形成制御とは独立して固体培養特異的な転写発現制御に関わっていることが示唆されました。
現在は、FlbC による発現制御機構の解明を目指し、網羅的解析による制御下遺伝子の同定やプロモーター領域への結合解析などを行っています。
参考文献
The C2H2-type transcription factor, FlbC, is involved in the transcriptional regulation of Aspergillus oryzae glucoamylase and protease genes specifically expressed in solid-state culture.
Applied Microbiology and Biotechnology, In press.
Mizuki Tanaka*, Midori Yoshimura*, Masahiro Ogawa, Yasuji Koyama, Takahiro Shintani, and Katsuya Gomi.
2016年3月13日日曜日