1. 麹菌の酵素タンパク質高生産時における小胞体ストレス応答の重要性
分泌タンパク質や膜タンパク質のポリペプチド鎖は、小胞体において分子シャペロンなどにより正しく折りたたまれますが、折り畳みの失敗などによって異常タンパク質が小胞体内に蓄積すると、細胞毒性を示すことが知られています。小胞体内での異常タンパク質蓄積に対応するため、真核生物は Unfolded protein response (UPR) と呼ばれる細胞応答機構を有しています。出芽酵母の UPR では、小胞体膜に貫通しているエンドヌクレアーゼ Ire1 が異常タンパク質の蓄積により活性化し、転写因子をコードする HAC1 mRNA 内に存在するイントロンが Ire1 により切断され、機能性のある Hac1 が翻訳されるようになります。この Hac1 が分子シャペロンや小胞体関連分解に関わる因子の遺伝子発現を誘導し、小胞体ストレスを緩和します。麹菌はアミラーゼに代表される加水分解酵素を大量に分泌するため、酵素タンパク質高生産時には UPR が重要な役割を担っている可能性が考えられました。
麹菌の ireA 破壊株が取得できなかったことから、条件的発現株を作成して解析を行いました。その結果、ireA の発現を抑制すると、マルトースやデンプン、キシランを炭素源とした酵素タンパク質高生産条件において麹菌が全く生育できないことが明らかになりました。また、麹菌ではアミラーゼ発現に依存して UPR が誘導されることを明らかにするとともに、アミラーゼ遺伝子発現制御因子 (amyR) の破壊や人為的にイントロンを欠失させた hacA を導入することで ireA 条件的発現株の生育が回復することを明らかにしました。以上の結果から、麹菌の酵素タンパク質高生産時の生育において UPR が非常に重要であることが明らかになりました。また、イントロン欠失 hacA 導入株を宿主にすることで ireA 破壊株の取得に成功しましましたが、この破壊株が著しい生育不良を示したことから、IreA が hacA イントロンのスプライシング以外にも重要な機能を持っている可能性が示唆されました。
参考文献
Unfolded protein response is required for Aspergillus oryzae growth under conditions inducing secretory hydrolytic enzyme production.
Fungal Genetics and Biology, 2015, 85: 1-6.
Mizuki Tanaka, Takahiro Shintani, and Katsuya Gomi.
2. 構造が不安定な異種タンパク質高生産時における細胞応答
糸状菌において異種遺伝子を高発現させると UPR が誘導されることが知られており、構造が異常なタンパク質として異種タンパク質が認識されるためであると考えられています。しかし、異種タンパク質を発現させていない麹菌の野生株においても、酵素タンパク質高生産条件下では UPR が誘導されるため、小胞体内においてタンパク質構造の異常度合いが選択的に認識されているのかは不明でした。私たちは、麹菌において他の糸状菌由来タンパク質と、アミノ酸変異により温度安定性が著しく低下したその変異タンパク質を発現レベルが異なるプロモーターで発現させ、細胞応答を調べました。その結果、生理的な強度の高発現用プロモーターで発現させた場合には野生型のタンパク質のみが培地中に分泌され、変異タンパク質は小胞体内で分解されていることが明らかになりました。一方、発現強度が著しく高い高発現用プロモーターで変異タンパク質を発現させた場合には、強い UPR が誘導され、N型糖鎖が過剰に付加された状態で分泌されることが明らかになりました。さらに、アミラーゼ遺伝子破壊株で変異タンパク質を高発現させたところ、UPR は誘導されるものの、その誘導の度合いは野生株で発現させた場合と比較すると顕著に抑制されていました。このことから、麹菌自身の分泌タンパク質と構造が不安定な異種タンパク質が協調的に UPR を誘導していることが示唆されました。
参考文献
Cellular responses to the expression of unstable secretory proteins in the filamentous fungus Aspergillus oryzae.
Applied Microbiology and Biotechnology, In press.
Jun-ichi Yokota*, Daisuke Shiro*, Mizuki Tanaka, Yasumichi Onozaki, Osamu Mizutani, Dararat Kakizono, Sakurako Ichinose, Tomoko Shintani, Katsuya Gomi, and Takahiro Shintani.