1) 研究材料としてのイネとコムギ
人口増加・地球環境変化に伴う食糧不足は深刻化し、将来において、穀物を安定的に供給できるような対策が必要なってきます。イネとコムギは世界の主要穀物であり、それらの生産性(収量)を向上させることが重要になってきます(Fig. 1)。私たちの研究室では、主に、イネとコムギを実験材料に用いて、世界の食糧生産の向上に寄与することを目的に研究を進めています。
2) 光合成とRubisco、そして収量とのつながり
Figure 1: イネとコムギ
植物は太陽からの光エネルギーを吸収して、化学エネルギーに変換します(ATPとNADPH; Fig. 2)。それらの化学エネルギーを利用して、植物は土壌から吸い上げた水と空気中から取り込んだCO2から糖やデンプンを合成します。この時に、CO2固定を触媒する酵素がRubiscoで、光合成のカギ酵素です。Rubiscoは全ての光合成生物に存在しています。光合成によって作られた糖やデンプンなどは植物の成長に使われます。
![]() Figure 2: 光合成反応 |
光合成は様々な環境要因(CO2濃度、水、光、温度など)によって影響を受けます。その結果として、植物の収量が大きく変動します。本研究室では、この光合成の環境変化に対する応答について、分子から個体、そして、圃場レベルで解析を行っています。これまでには、C3型高等植物の環境変化に伴う光合成機能の生化学的な律速要因を明らかにしました。現在では、特にRubiscoに注目して、Rubiscoを改善することによって植物の光合成、植物成長、そして、収量を向上させる研究を行っています。
3) 穀物の増収に必要な戦略:Rubiscoの最適化
3-a) Rubiscoの量的な最適化
Rubiscoは地球上で最も豊富に存在するタンパク質であり、すべての有機化合物の源となる反応を担っています(Fig. 2)。私たちは植物体内でRubisco量がどのように決定され、また、環境変化(CO2濃度、光、温度など)に対して、Rubiscoの量的な制御がどのようにして行われるのかを研究しています。
これまでに、本研究室において、葉のRubisco量を減少させた形質転換イネ、および、Rubisco量を増加させた形質転換イネを作出することに成功しました(Fig. 3)。我々は、これらの形質転換イネを用いて、現在と将来予想されるCO2環境下における光合成の制御機構や植物成長への影響を解析しています。
2016年度より、これらのイネを隔離農場で栽培し、Rubisco量の増減が群落レベルでの植物の成育にどのような影響を与えるのか解析しています。詳しくはこちらをご覧ください。
Figure 3: 36 Pa CO2および100 Pa CO2における生育の様子
Wild typeイネ(左)およびrbcSアンチセンスイネ
(中央:Rubisco量がWild typeの35%減少、右:同60%減少)
3-b) Rubisco小サブユニットのmultigene familyの機能解析
Rubiscoは大サブユニット(RBCL)および小サブユニット(RBCS)それぞれ8つずつからなる16量体です。高等植物においてRBCLとRBCSはそれぞれ葉緑体ゲノムと核ゲノムに座乗しています。RBCSは細胞質で生合成されたのち葉緑体に輸送され、葉緑体で生合成されたRBCLと会合することでRubiscoのホロエンザイムが形成されます (Fig. 4)。
RBCLは1分子種が複数コピー存在するのに対して、RBCSは複数の分子種からなるmultigene familyを形成していることが知られていますが、その生物学的意義ついては全く分かっていません。そこで当研究室ではイネを材料に、RBCSの各分子種の発現特性やknockdown/knockout変異体の解析から、この点を明らかにすることを目指しています。
Figure 4:高等植物におけるRubisco生合成の模式図
3-c) Rubisco活性化状態の最適化
Rubiscoの活性は葉内では厳密に制御されています(Fig. 5)。高温や高CO2環境にさらされると、Rubiscoは不活性化してしまいます。このときに不活性化されたRubiscoはRubisco activaseと呼ばれる別の酵素によって再び活性化されます。特に高温でRubiscoが不活性化する原因として、Rubisco activaseの熱安定性・量が要因だと考えられます。
しかし、Rubisco activaseは葉緑体内のATP/ADP比や還元力などによって活性制御を受けることが知られているので、Rubisco活性化状態は光合成の電子伝達反応によって制御されていると考えられます。
このような高度に制御されたRubiscoの活性化機構を解明することにより、効率よく働くRubiscoのモデルを作ることができ、光合成能力の向上につながると考えられます。
Figure 5: Rubisco活性化状態の制御