Banner Image Japanese Top Page English Top Page

« 令和2年度 分野メンバー | トップページ | 日本土壌肥料学会2020年度 岡山大会(オンライン開催) »


水田土壌の硫黄(S)肥沃度

 近年,一部の水田で水稲の硫黄(S)不足が懸念されています。私どもの研究室では各種土壌特性と常時湛水ポット栽培試験による水稲のS資材施与への応答(下写真)との関係に基づいた水田土壌のS肥沃度評価法の検討を行ってきました。これまでのところ,難溶性硫化物の形成によるS可給性の低下を適切に評価できれば,土壌の可給態Sの分析値から水田土壌のS肥沃度を説明できると考えております。

 水田土壌のS肥沃度については検討すべき点が未だ多く残されておりますが,最近,土壌の可給態Sの分析法について問い合わせを多くいただくようになりましたので,ここでは私どもの研究室で行っている実験方法をご紹介したいと思います。

Response_of_paddy_rice_to_gypsum_topdressing
水稲の石膏施与への応答を確認するポット試験の例 :対照区と2週間前に石膏の表面施与した処理区との比較から,土壌1の対照区では明確な生育抑制を, 土壌2と3では弱い生育抑制を観察することができます(2018年7月6日撮影,移植後49日)。
(紹介文作成:菅野均志,2020-08-26)

水稲のS不足への懸念

 植物の必須元素の一つであるSは,根から硫酸イオンの形で吸収され,体内でメチオニンやシステイン等の含硫アミノ酸やその他の有機化合物に取り込まれ,ペプチドやタンパク質等の構成成分となります。植物はリンに匹敵する量のSを必要とする一方,わが国では灌漑水や降雨からSの天然供給が豊富であると考えられており,肥料の副成分としても農地に入ることも多かったことから,Sを養分として考える意識が希薄でした。

 日本では作物のS欠乏は稀であると考えられてきましたが,近年,水稲のS欠乏やその対策事例がいくつも報告されています(辻,2000;小野寺ら,2011;ほか)。例えば,広島県世羅町のある農業法人では,水稲の初期生育停滞が著しい圃場での育苗床土へのS欠乏対策(コストは10 a当たり数百円)により60 kg/10aの収量改善がみられたと報告されています(広島県東部農業指導所,2018)。また,最新の「要素障害診断事典」(清水・JA全農肥料農薬部,2018)では,作物のS欠乏は通常発生しないとしているものの,S欠乏は「水稲では分げつ期に発現し,分げつが停止して,草丈が伸長しなくなり,下位葉葉先から葉色が淡緑〜淡黄緑化して,チッソ欠乏症状に類似する」と記述されており,辻(2000)により報告された滋賀県の事例を紹介しながら,長期間にわたって尿素などの無硫酸根肥料を連用している圃場ではS欠乏が発生し得ると注意喚起しております。しかしながら,水稲のS欠乏による生育抑制や収量低下が懸念される圃場がどの程度あるのか,土壌診断により水田土壌のS肥沃度評価が可能なのか,また,どのようなS欠乏対策が効果的か等については不明な点が多いのが現状です。

土壌の可給態Sについて

 可給態Sは,土壌のS肥沃度(供給力)の指標の一つです。土壌のS供給力は,無機態Sだけでなく有機態Sの一部も考慮に入れる必要があるとされますが,通常は各種溶液で土壌から抽出可能な硫酸イオン(可溶性S)に基づいて判断されます。Dobermann and Fairhurst(2000)は,水稲にS欠乏が発生する可溶性Sの水準を0.05 M 塩酸抽出で 5 mg S/kg未満,0.25 M 塩化カリウム抽出で6 mg S/kg未満,0.01 M リン酸二水素カルシウム抽出で9 mg S/kg未満としています。一方,土壌からの可溶性Sの抽出は,硫酸イオンと固相表面との親和性(吸着力)に影響を受けます。リン酸イオンは土壌からの硫酸イオン抽出力が非常に強いことから,米国ではリン酸二水素カルシウム 500 ppm P(0.008 M)液による抽出が幅広い土壌に適用可能な無機態Sの診断法とされ(Tabatabai, 1982),わが国(滋賀県)の水田土壌の事例においても,リン酸二水素カルシウム液で土壌から抽出した硫酸イオンは塩化アンモニウム液による可溶性Sの5倍以上の値を示すと報告されています(辻,2000)。さらに,辻(2000)はリン酸二水素カルシウム液による可溶性Sを可給態S(Av-S)と呼び,滋賀県の水稲にみられたS欠乏を土壌のS供給力と関連づけて解析したうえで,定点調査試料の分析に基づく可給態Sの水準低下傾向と湛水培養試験から示唆される可給態Sの一時的不可給化(硫酸態Sが硫化物態Sに還元される)が相まって,水稲にS欠乏が誘発されている可能性を指摘しました。

 ここでは土壌の可給態Sの分析法について,辻(2000)が提案した「0.01 M リン酸二水素カルシウム液の固液比1:5抽出液中の硫酸イオン濃度をイオンクロマトグラフにより定量し,乾土1キログラムあたりのSミリグラムとして表記する方法」を,私どもの研究室で行っている手順に基づいて紹介します。詳しくは以下の実験マニュアル(pdf file)をダウンロードしてご確認ください。

実験マニュアル 可給態硫黄(リン酸二水素カルシウム抽出法) 2020年8月(204 KB)

不明な点などがございましたら,遠慮なくお問い合わせください。


追記:私どもが考える水田土壌のS供給力評価法の現状については,公益財団法人肥料科学研究所が発行する「肥料科学」第41号(2019)に「水田土壌の硫黄(S)肥沃度評価に関する一考察」として解説しました(2020年11月に解説記事URLを追記)。ここで紹介した水稲の常時湛水ポット栽培および土壌の可給態S等の検討の一部はJSPS科研費 JP17K07694「水田土壌の硫黄肥沃度ダイナミクスの実態評価とその制御機構の解明」の助成を受けて実施しました。

Banner Image