研究室の沿革


 本研究室の前身である東北大学農学部附属草地研究施設は,1971年4月に設置され,24年間にわたり国立大学におけるわが国唯一の草地学専門の研究施設として研究活動を行ってきた。しかし農学部における教育研究整備の一環として,同施設は1995年3月をもって廃止され,同年4月より農学研究科に大学院独立専攻(学部を兼務としない)として新設された環境修復生物工学専攻の基幹講座(環境修復生態学講座)に陸圏修復生態学分野として転換がはかられた。その後27年が経った2022年4月、農学研究科の大学院改組に伴い本研究室は生物生産科学専攻・動物生命科学講座・草地−動物生産生態学分野となった。ここに、これまでの沿革を記す。

 

 

 当研究施設設置までの経緯は,東北大学農学部35周年記念誌に「草地研究施設」の記実があるので,はじめに開設までの記載部分をそのまま転記すると以下の通りである。「東北大学農学部附属草地研究施設が管制化されたのは昭和46年度であるが,その前身は,昭和34年度に草地研究のために教官定員2名(助教授,助手)が川渡農場内に認められ,「草地農業研究施設」と学内的に俗称されたものに由来する。」定員化を得た草地研究の助教授として,昭和36年11月に林兼六が,助手として昭和37年2月に小島邦彦が着任した。2人の研究活動は農学部・農学研究所・農場の共同利用となっていたブロック建ての「草地農業実験所」をベースに,実験室および試験圃場を整備することから開始された。

 

 「草地研究室(教官2名のほか技官3名)における研究は,林が「草類の嗜好性」,小島が「草類炭水化物の生理特性」を主テーマとし,研究室をあげての研究としては「牛の放牧による肉生産」を採りあげた。この研究には,農場教官として着任した太田実助手(現助教授)も参画し,昭和40年代末まで10年以上いろいろの形で継続された。昭和44年3月末に,小島助手が農学部土壌肥料学講座へ転出したため,同講座博士課程修了直後の菅原和夫を採用した。菅原助手の研究内容は,小島助手のそれに類似したものであったが,放牧関連の研究にも積極的に参加した。昭和46年度に,草地研究施設の草地利用部門が,農場の教官定員2名(助教授,助手)の振替えで認められ(教授,助教授,助手の教官定員3名のみ),まず林が昭和47年2月に教授として選考された後,菅原助手が昭和47年7月に農場定員から振替えられ,さらに昭和48年8月に伊藤 巌が助教授として着任した。伊藤助教授の研究は,放牧草地の生態に関するものが主であった」(故林兼六教授の記述による)・・・・

 

 3名の教官の研究分野は,林教授は家畜生産の全般にわたるが,経営学的観点から土地利用と低コスト家畜生産について,伊藤助教授は生態学的見地から草地および家畜生産系を解析するもの,菅原助手は土壌肥料学を基礎に牧草の栄養生理と放牧地の物質動態を解明するというものであった。部門増が実現するまで草地利用一部門で草地研究全般をカバーしたいとの理由から専門の異なる教官よりなる陣容となったが,牛の放牧生態を中心とする「土-草-家畜の相互関連性の解明」という観点でそれぞれの研究が強い接点をもって進められた。

 

 1982年11月林教授が還暦を前にして急逝した。1984年8月伊藤巌が教授に昇任,1986年1月菅原和夫の助教授昇任にともない,同年4月に大竹秀男を助手として採用した。大竹助手は本研究室出身の大学院博士過程修了者で,学生時代からの研究テーマであった「放牧家畜地の外部寄生虫であるダニの生態と放牧地環境」に関する研究を継続して行った。

 

 1990年3月,大竹助手が宮城県農業短期大学に講師として転出するにあたり,博士過程修了後本研究室の大学院研究生であった西脇亜也を同年4月より助手に採用した。西脇助手は植物生態が専門で,特に植物の繁殖戦略に関する研究に主体がおかれていたが,野草地の放牧利用や放牧牛群の構造解析など本研究室の放牧に関する研究の推進も担った。

 

 1992年3月伊藤教授が退官し,翌1993年2月菅原が教授として昇任した。1994年4月,本研究室の博士課程修了者であり家畜行動・家畜福祉を専門とする佐藤衆介を宮崎大学助教授から本研究施設助教授としてむかえた。1995年3月31日付で草地研究施設が廃止され,同年4月1日より農学研究科に新設の環境修復生物工学専攻・環境修復生態学講座・陸圏修復生態学分野に転換されることとなり,菅原・佐藤・西脇は陸圏修復生態学分野に配置換えとなった。

 

 草地研究施設は大学におけるわが国唯一の草地研究機関というユニークな存在であり,しかも近年環境調和型農業が志向されるにあたり,その研究の発展が益々重要性を増しているところから,施設を廃止することが妥当か否かについて長期にわたり議論がかわされた。また当事者として研究施設の名を消すことは忍びがたいものがあった。しかし 全学部的将来計画のなかで,農学にたいする社会的要請に答えるには,研究教育対照を草地からより広く陸圏に拡大する発展的転換が望ましいとの結論に達し,当施設の廃止転換がはかられる事となった。

 

 2002年3月,佐藤助教授が独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構畜産草地研究所に放牧管理部長として転出した。それにともない2003年4月,本研究室の博士課程修了者であり放牧反芻家畜の養分摂取−草類の消化−養分利用を専門とする小倉振一郎を宮崎大学助手から本研究室助教授として迎えた。また2003年4月1日より,大学院改組にともない,本研究室は農学研究科応用生命科学専攻・環境生命科学講座・陸圏生態学分野に転換された。

 

 2005年3月菅原教授が退職し,同年4月佐藤衆介が教授として着任した。佐藤は研究室のキーワードを「21世紀型放牧技術の構築−持続・環境・動物福祉」とし,動物行動学および福祉学を主テーマとして,家畜の放牧による福祉性向上に関する研究を通じて動物行動学を草地学分野の中で発展させた。またこの間,助教(任期付)の採用が認められ,東京大学大学院農生命科学研究科で博士課程後期を修了した吉原 佑を2009年4月に採用した。吉原は,モンゴル草原を中心に生物多様性の生態系機能の解明に関する研究を展開し,2016年3月三重大学生物資源学部准教授に転出した。

 

 2011年3月に発生した東日本大震災および原発事故を受け,佐藤は避難区域に取り残された家畜の保護を強く訴え,被災状況の調査を行った。同時に,小倉は川渡フィールドセンターの山地放牧地における土壌および植物の放射性セシウム汚染の実態と除染の効果を調査した。

 

 2015年3月佐藤教授が退職し,翌2016年4月小倉准教授が教授に昇任した。佐藤教授が掲げた「21世紀型放牧技術の構築−持続・環境・動物福祉」をを継承し,多様な植生下における放牧家畜の摂食行動,養分摂取と利用性に関する研究,ルーメン微生物相の多様性と消化機能およびその安定性との関係解明,ススキ草地における長期に亘る生態調査,反芻家畜を中心としたアニマルウェルフェア関する研究,野生動物の生態と獣害対策に関する研究等を行っている。 

 

 2017年4月には農研機構東北農業研究センター(旧東北農業試験場)より深澤 充が准教授として着任した。深澤は学部4年次に草地研究施設に所属し、佐藤衆介助教授の指導の下、ウシにおける母−子間の学習効果について研究を行った経歴があり、その後も野草地での選択採食に関する研究や牛を中心とした産業動物の快適飼育、効果的な誘導方法の検討、電気牧柵から牛が脱柵するメカニズム解明等を行っている。着任後は、当研究室でヒトと動物の親和関係の構築に関する研究やウシの睡眠行動に関する研究等を展開している。

 

2018年4月、柿原秀俊が鹿児島大学博士研究員から助教(任期付)として着任した。柿原は九州大学久住高原牧場で草食反芻家畜の行動制御に関する研究を行い、鹿児島大学ではIT畜産に関する研究に携わっていたが、着任後は川渡の強酸性土壌におけるオーチャードグラスの永続性の実態とそれに影響を及ぼす要因解明を進めた。2022年3月農研機構西日本農業研究センター大田拠点に転出した。

 

2022年4月8日
草地−動物生産生態学分野 教授 小倉振一郎

 

 

 

 

 

参考資料

研究室の沿革

東北大学農学部三十五年の歩み

PDF草地研究施設(林兼六)