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2020年8月26日

水田土壌の硫黄(S)肥沃度

 近年,一部の水田で水稲の硫黄(S)不足が懸念されています。私どもの研究室では各種土壌特性と常時湛水ポット栽培試験による水稲のS資材施与への応答(下写真)との関係に基づいた水田土壌のS肥沃度評価法の検討を行ってきました。これまでのところ,難溶性硫化物の形成によるS可給性の低下を適切に評価できれば,土壌の可給態Sの分析値から水田土壌のS肥沃度を説明できると考えております。

 水田土壌のS肥沃度については検討すべき点が未だ多く残されておりますが,最近,土壌の可給態Sの分析法について問い合わせを多くいただくようになりましたので,ここでは私どもの研究室で行っている実験方法をご紹介したいと思います。

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水稲の石膏施与への応答を確認するポット試験の例 :対照区と2週間前に石膏の表面施与した処理区との比較から,土壌1の対照区では明確な生育抑制を, 土壌2と3では弱い生育抑制を観察することができます(2018年7月6日撮影,移植後49日)。
(紹介文作成:菅野均志,2020-08-26)

水稲のS不足への懸念

 植物の必須元素の一つであるSは,根から硫酸イオンの形で吸収され,体内でメチオニンやシステイン等の含硫アミノ酸やその他の有機化合物に取り込まれ,ペプチドやタンパク質等の構成成分となります。植物はリンに匹敵する量のSを必要とする一方,わが国では灌漑水や降雨からSの天然供給が豊富であると考えられており,肥料の副成分としても農地に入ることも多かったことから,Sを養分として考える意識が希薄でした。

 日本では作物のS欠乏は稀であると考えられてきましたが,近年,水稲のS欠乏やその対策事例がいくつも報告されています(辻,2000;小野寺ら,2011;ほか)。例えば,広島県世羅町のある農業法人では,水稲の初期生育停滞が著しい圃場での育苗床土へのS欠乏対策(コストは10 a当たり数百円)により60 kg/10aの収量改善がみられたと報告されています(広島県東部農業指導所,2018)。また,最新の「要素障害診断事典」(清水・JA全農肥料農薬部,2018)では,作物のS欠乏は通常発生しないとしているものの,S欠乏は「水稲では分げつ期に発現し,分げつが停止して,草丈が伸長しなくなり,下位葉葉先から葉色が淡緑〜淡黄緑化して,チッソ欠乏症状に類似する」と記述されており,辻(2000)により報告された滋賀県の事例を紹介しながら,長期間にわたって尿素などの無硫酸根肥料を連用している圃場ではS欠乏が発生し得ると注意喚起しております。しかしながら,水稲のS欠乏による生育抑制や収量低下が懸念される圃場がどの程度あるのか,土壌診断により水田土壌のS肥沃度評価が可能なのか,また,どのようなS欠乏対策が効果的か等については不明な点が多いのが現状です。

土壌の可給態Sについて

 可給態Sは,土壌のS肥沃度(供給力)の指標の一つです。土壌のS供給力は,無機態Sだけでなく有機態Sの一部も考慮に入れる必要があるとされますが,通常は各種溶液で土壌から抽出可能な硫酸イオン(可溶性S)に基づいて判断されます。Dobermann and Fairhurst(2000)は,水稲にS欠乏が発生する可溶性Sの水準を0.05 M 塩酸抽出で 5 mg S/kg未満,0.25 M 塩化カリウム抽出で6 mg S/kg未満,0.01 M リン酸二水素カルシウム抽出で9 mg S/kg未満としています。一方,土壌からの可溶性Sの抽出は,硫酸イオンと固相表面との親和性(吸着力)に影響を受けます。リン酸イオンは土壌からの硫酸イオン抽出力が非常に強いことから,米国ではリン酸二水素カルシウム 500 ppm P(0.008 M)液による抽出が幅広い土壌に適用可能な無機態Sの診断法とされ(Tabatabai, 1982),わが国(滋賀県)の水田土壌の事例においても,リン酸二水素カルシウム液で土壌から抽出した硫酸イオンは塩化アンモニウム液による可溶性Sの5倍以上の値を示すと報告されています(辻,2000)。さらに,辻(2000)はリン酸二水素カルシウム液による可溶性Sを可給態S(Av-S)と呼び,滋賀県の水稲にみられたS欠乏を土壌のS供給力と関連づけて解析したうえで,定点調査試料の分析に基づく可給態Sの水準低下傾向と湛水培養試験から示唆される可給態Sの一時的不可給化(硫酸態Sが硫化物態Sに還元される)が相まって,水稲にS欠乏が誘発されている可能性を指摘しました。

 ここでは土壌の可給態Sの分析法について,辻(2000)が提案した「0.01 M リン酸二水素カルシウム液の固液比1:5抽出液中の硫酸イオン濃度をイオンクロマトグラフにより定量し,乾土1キログラムあたりのSミリグラムとして表記する方法」を,私どもの研究室で行っている手順に基づいて紹介します。詳しくは以下の実験マニュアル(pdf file)をダウンロードしてご確認ください。

実験マニュアル 可給態硫黄(リン酸二水素カルシウム抽出法) 2020年8月(204 KB)

不明な点などがございましたら,遠慮なくお問い合わせください。


追記:私どもが考える水田土壌のS供給力評価法の現状については,公益財団法人肥料科学研究所が発行する「肥料科学」第41号(2019)に「水田土壌の硫黄(S)肥沃度評価に関する一考察」として解説しました(2020年11月に解説記事URLを追記)。ここで紹介した水稲の常時湛水ポット栽培および土壌の可給態S等の検討の一部はJSPS科研費 JP17K07694「水田土壌の硫黄肥沃度ダイナミクスの実態評価とその制御機構の解明」の助成を受けて実施しました。

2018年10月30日

土壌の無機成分に関する写真集(オープンアクセス)

Inorganic constituents in soil - Basics and visuals書 名:Inorganic constituents in soil - Basics and visuals
著 者:Masami Nanzyo and Hitoshi Kanno
出版社:Springer
発売日:2018年10月26日

土壌の無機成分に関する写真集のような書籍をSpringer社から出版いたしました。印刷物を購入することも可能ですが,下記のサイトから無料で電子ファイルを入手することができます(オープンアクセス)。ぜひ,お試しください。

https://link.springer.com/book/10.1007/978-981-13-1214-4

pdfファイルとeBookファイル(「EPUB』ボタン)の両方がダウンロードできます。pdfファイルは小さめで比較的短時間で全体をダウンロードできます。eBookファイルはダウンロードにやや時間がかかりますが,大部分のeBookアプリで閲覧できるとのことです。eBookファイルの方が見やすいかと思います。図も拡大できます。

誤り等にお気付きの場合はご連絡頂ければ幸いです。

2013年4月 6日

川渡フィールドセンター土壌の有機炭素蓄積・分解要因

典型的な非アロフェン質黒ボク土A層試料19点の有機炭素含量と土壌の諸性質の関係を統計解析(相関分析,パス解析)で調べた。その結果,土壌酸性(低pH)やアルミニウム-腐植複合体の形成が有機炭素の蓄積に寄与していることが示された。この炭素蓄積への低pHの影響は,土壌をCa資材やNa資材で中和処理すると有機炭素の無機化(呼吸)速度が顕著に高まることで裏付けられた。また,Ca資材処理後の呼吸速度はNa資材処理に比べて高い傾向にあり,Ca処理によりアルミニウム-腐植複合体の一部が解放され,腐植が易分解化したことが示唆された。

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図 各種資材での中和処理による土壌呼吸速度の変化。
  (CaCO3処理の破線部分はCaCO3由来のCO2

Makoto Miyazawa, Tadashi Takahashi, Takashi Sato, Hitoshi Kanno & Masami Nanzyo: Factors controlling accumulation and decomposition of organic carbon in humus horizons of Andosols - A case study for distinctive non-allophanic Andosols in northeastern Japan. Biol Fertil Soils, DOI 10.1007/s00374-013-0792-8 (2013)

2012年3月15日

トウガラシマイルドモットルウイルスの土壌への吸着は腐植によって強く抑制される

トウガラシマイルドモットルウイルス (Pepper Mild Mottle Virus, PMMoV) はトウガラシやピーマンにモザイク症状を引き起こす植物ウイルスとして知られており、新しい防除技術の開発が急がれている。そこで、土壌特性を生かした管理・防除技術の開発につながる知見を得ることを目的とし、PMMoV の活性に影響を与える重要な要因の一つとして考えられる土壌吸着について調べた。

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左:PMMoV の透過型電子顕微鏡写真
右:土壌の腐植含量 (TC) とPMMoV の土壌吸着との関係 (pH 4 のリン酸緩衝液を使用、有意水準 1 % で有意)

過去の研究ではウイルスの土壌吸着に影響を与える主な要因は土壌鉱物の持つ正荷電であると報告されている。本研究では、8点の土壌サンプルを用いてPMMoV 吸着実験を行った結果、正荷電量や粘土鉱物組成よりも土壌に含まれる腐植による吸着の抑制の効果の方がはるかに強いことが分かった。

Ryota Yoshimoto*, Hirotaka Sasaki, Tadashi Takahashi, Hitoshi Kanno, Masami Nanzyo : Contribution of soil components to adsorption of Pepper Mild Mottle Virus by Japanese soils. Soil Biology and Biochemistry, 46: 96-102 (2012)

2011年10月 7日

酸性黒ボク土の植物への抑制作用-アルミニウム毒性はアロフェン質黒ボク土でもおきているか

非アロフェン質黒ボク土はしばしばアルミニウム(Al)感受性植物の根にAl毒性を示し,その毒性の程度は1 mol L-1 KCl抽出Al(AlKCl)含量で評価されてきた.一方,アロフェン質黒ボク土はAl毒性をめったに示さないが,強酸性化するとAlKClをもつようになる.しかし,強酸性化したアロフェン質土壌が植物にAl毒性を示すか,すなわち黒ボク土の酸性障害がすべてAl毒性で説明されるかは明確になってはいなかった.

yamada2011

この研究では,広い範囲の酸度を示すアロフェン質土壌(pH(H2O) 4.6~7.0)を用いて,Al感受性植物のゴボウとオオムギ,およびAl集積植物のソバを栽培し,根の伸長とAl吸収量を調べた.その結果,強酸性のアロフェン質黒ボク土でのゴボウ,オオムギの生育抑制とソバによるAl吸収は非アロフェン質土壌での傾向と同様であった.このことは,黒ボク土での酸性害は,非アロフェン質かアロフェン質かにかかわらず,Al毒性に起因していることを示唆している.Al毒性を制御しているとみられる物質(アルミニウム-腐植複合体,アロフェン質物質,結晶性粘土鉱物)について土壌の性質との関連で考察した.

(Kohei Yamada, Kiyoshi Ito, Tadashi Takahashi, Hitoshi Kanno, and Masami Nanzyo: Inhibitory effect of acid Andosols on plants - Is aluminum toxicity true for allophanic Andosols? Soil Science and Plant Nutrition, 57:491-499 (2011))

2011年4月15日

東日本大震災:仙台市南東部における津波被災農地の視察

大学院農学研究科「食・農・村の復興支援プロジェクト」ウェブサイトに掲載されております南條正巳教授による津波被災農地の視察報告を紹介します。


2011年3月25日 仙台市南東部における津波被災農地の視察

 仙台市の案内で表記視察の機会を得た。その概況は以下のようであった。

視察経路
 高砂南部排水機場−園芸センター南側−荒井−地下鉄駅予定地脇−東部道路下通過−周囲には黒泥土に似た土が路肩等に10cm程度堆積−大堀排水機場−荒浜集落−荒浜集落南端農地(土壌サンプリング)

視察地域の概要
 当地域は七北田川と名取川の間にあり、津波は海岸から約4km内陸に及んだ。被災農地面積は水田を中心に1800ha以上とされる。この地帯の主な土壌は、灰色低地土、グライ低地土、黒泥土、褐色低地土(土壌名は現行の農耕地土壌分類に読み替え)である(経済企画庁, 1967)。特に、グライ低地土、黒泥土は排水不良地に分布する。当津波被災農地は海抜数m以下で、4つの排水機場が設置されている。これらの排水機場は津波で破壊されたが、応急ポンプで排水した結果、1週間前に比べて排水が大きく進んだとのことであった。道路脇の排水路では建物破砕物の掃除が進みつつあり、排水路の水位は田面より20〜30cm下に下がり、排水路は機能しつつあった。

水田の状況
 被覆物の状態と作土の管理から次の区分が可能と見られた。
 被覆物の状態
  (1) 建物破砕物が多い、
  (2) 粗砂の被覆物(畦や農道が高まりとして認められる)、
  (3) 黒泥に類似の被覆物(荒井と大堀の間)、
  (4) 被覆物が少ない(耕起前なら稲株が根元から露出)、などである。
  この他、面積はわずかだが丸い陥没様カ所が所々にあり、水位が田面より20〜30cm低い水たまりとなっていた。
 作土の管理
  (a) 耕起前、
  (b) 耕起済み。

荒浜集落南側における農地土壌のサンプリング
arahama-sitemap 当津波被災農地(海岸からの距離約800m)には水たまりが散在していた。この地域の被覆物は砂で、農道や畦の近くに多く、農道等から離れると少ない傾向にあった。A地点はスコップで砂の被覆物を掘ると水がすぐ湧き、砂が崩れた。砂に稲ワラのようなものが混入し、耕起された水田の可能性があり、上記区分で表現すると(2)と(b)の状態と推察した。B地点も砂の被覆物はやや厚く、掘っても水は出なかったが、土は黄色部と褐色部が混合し、水田ではないと見られた。 Bと道路の間にはビニルハウスの鉄骨が倒れ、さらに道路の近くには葉菜があり、薄く砂が堆積していた。C地点は水田であり、稲株が根元から見え、立っていた。株間には稲の上根が一部露出し、表層0〜2cmは津波ではぎ取られ、そこに2 cm程度の砂が堆積したと推察した(下の写真)。この地点では津波による侵食が必ずしも激しくない。上記区分で(4)と(a)の状態である。

arahama-profile

土壌の断面形態
 上記のように、この地点の稲株が立ったまま残っており、作土に対する津波の大きな影響は上部2〜3cmである。その部分は粗砂とその上のごく薄い細粒物質である。粗砂の下には作土が保存されていた。鋤床層は青灰色でジピリジル反応が++であり、その保存状態は良いとみられた。土壌断面の概要については上の写真と表1の備考欄に示した。塩分が土壌のどの深さまで及んでいるかを判定することは、修復技術策定の参考になる。

土壌の分析値
 当地点の0-2cmは津波による被覆物で、1:5水抽出液の電気伝導度(EC)と陽イオン濃度が高く(表1)、海水の影響が強かった。これに対して4-13cmの作土は、海水の影響を受けているが、ECと陽イオン濃度が急減し、影響の度合は大きくなかった。

arahama-table1

arahama-table2

 粗砂の被覆物(0-2cm)自体の電気伝導度(EC)は海水の約1/10程度であった。この値は乾土相当での1:5水抽出液の値で、被覆物の含水比が0.52であったことを考慮すると被覆物に含まれていた水が 約 10倍希釈で測定されているので、被覆物に含まれる水の塩分は海水と同程度と見られる。Na, K, Mg濃度も同様であった。これに対して、Ca濃度は海水より高かった。これは津波の往復または海水の停滞に伴い、作土が混入または作土から溶出したものと考えられる。
 作土のECは被覆物の1/8以下、Na濃度は1/10以下であった。このように耕起前の稲株の立っている水田では作土への海水の影響があまり大きくなかった。1:5水抽出液を遠心分離で除去した後に測定した作土の1M酢酸アンモニウム抽出陽イオン(交換性陽イオン)の組成もCa主体の状態を保っていた(表2)。
 鋤床層、下層になるにつれて海水の影響はさらに弱かった。この地点は低地にあり、鋤床層は還元状態で、透水性が低いことを示している。これらが下方向への水の浸透を制限したためと考えられる。
 この地点のサンプリング時点における津波の影響と除塩対策の概要を下図にまとめた。海水は作土に影響したが、それは被覆物に比べて小さかった。
arahama-treatment
 なお、上記は3月25日午後に採取した試料の結果である。塩分の濃度は気象条件や排水条件等の影響を受けて変化する可能性がある。
 津波直後の海水による影響が土壌のごく表層に留まる事例は2004年12月のインド洋津波でもタイの樹園地土壌で認められた(中矢他 2005; Nakaya et al. 2010)。そして、その塩分の大部分は次の雨期に溶脱し、油ヤシとキュウリはほぼ正常に生育した(Nakaya et al. 2010)。ランブータンは津波被災後に枯れる中で、ゴムの木は樹勢と樹液の質が低下する程度であったが、その塩害の影響は雨期後も残った(Nakaya et al. 2010)。インド南東部海岸(Kume et al. 2009;Chandarasekharan et al. 2008)、アンダマン島南部(Raja et al. 2009)でも雨期を経た翌年には多くの地点で土壌の塩濃度が大きく低下したが、地下水の塩濃度は高かった(Chandarasekharan et al. 2008)。アチェ(インドネシア)の津波後の土壌中における塩分の挙動は様々で、透水性の低い水田では相対的に塩分が抜けにくい傾向であった(MacLeod et al. 2010)。津波被災土壌で栽培した稲の耐塩性品種は対照品種より収量が高かった(Reichenauer et al. 2009)。
 インド洋津波でも砂質の被覆物が広く認められた(Bahlbung and Weiss 2007;Srisutam et al. 2010)。その砂は海岸から津波で侵食・運搬され、陸側に堆積したとされる(Srisutam et al. 2010)。

過剰な塩分の除去
 低地土壌に対する海水の影響は、土壌水中の塩濃度上昇、交換性Naの増加、粘土の分散性増加、単粒化と乾燥時の固化などである。海水の主な塩分である塩化ナトリウムは土壌に強く吸着せず、土壌水に溶けている部分はかんがい水で洗い流すことができる。但し、土壌のイオン交換基に保持されたナトリウムイオン(交換性Na)は、かんがい水で洗っただけでは除去されにくい。
 高潮等による海水流入、潮風害に関する塩害対策及び干拓地の除塩過程とその研究成果は、各方面からウェブサイト、新聞を含め多数示されている(例えば、米田,1958a,b,c;三宅 1988,1991; 佐藤 1990;福島県 2004;熊本県農業研究センター 2001;熊本県農政部 2001;木田他 2007a,b; 中田 2011,他)。それらによれば土壌の除塩方法には、海水があれば排水し、被覆物が厚ければ除去し、溝切り−湛水−排水、湛水−暗渠排水、湛水−代掻き−排水、などがあり、圃場の諸条件に合わせて効果的な方法を選択する必要がある。
 移植時の稲苗は耐塩性が強くなく、土壌懸濁液のEC値は苗の移植後数日間後以降も葉が巻かない程度(概ね0.5 dS m-1前後,報告により幅がある)以下になれば生育可と見られる。しかし、土壌中に塩濃度の高い部位が残ることもあり、注意を要する。

当地点(耕起前)の土壌修復の可能性
 当地点は排水不良と見られ、暗渠が機能しなければ、表面から塩分を除去する必要がある。
(1) 外来の被覆物(塩分濃度が高い)→多い場合は機械で除去する。
(2) 土壌表面に停滞した海水 →溝切り等明渠により排水する。
(3) 作土 →溝切り−湛水−排水により表面を洗浄する。排水能力によるが、可能ならこの段階までを速く行うことが望ましい。その後、排水が機能し、続けて潅漑水が使えれば、湛水−浅く代掻き--排水、などを必要に応じて繰り返し、ECを下げる。
(4) 交換性Na →作土では増加がわずかである。かんがい水は普通 CaがNaより多く、次第に交換性 Naが減少することが期待される。積極的に交換性Naを除去するには、除塩後、石灰資材を施与し(三宅他 1988)、湛水-代掻き−排水を繰り返すなどの対策が考えられる。石膏を使う場合、作土の鉄含量が少なければ、イオウが過剰にならないよう注意を要する。
(5) 陥没様カ所 →土木的に修復し、農業機械が通れるよう硬盤を作る必要がある。

耕起済みの水田
 作土全体が表1,2の被覆物(0-2cm)の状態に近いと推察する。耕起前の場合は作土上部までの対策[(1)-(3)]で十分な可能性があるが、耕起済みの水田ではその対策を作土全体に施す必要がある。場所によっては作土全体が砂と混合またはほとんど砂と置き換わった可能性も考えられる。だが、耕起済み水田でも鋤床層には海水の影響があまり大きくない可能性もある。被覆物が厚ければ除去し、暗渠が機能する場合には溝切り−湛水−排水により表面を洗浄後、湛水−暗渠排水により下層方向への除塩(熊本県農業研究センター 2001)が有効とされる。

おわりに
 津波被災農地の水田には上記のような多様性がある。その中で、耕起前の水田は耕起済みの水田より海水の浸透が浅い可能性がある。このような多様性に対応しながら速い回復を実現するには一筆ごとの判定が必要になる。大津波は数十年以上の長い周期で繰り返されており、津波の土壌影響に関するさらに充実した調査と記録は今後の土壌修復に役立つ。インド洋津波の土壌影響に関する論文はその後数年かけて出されている。
 上記の対策はかんがい水を充分に使える場合を想定している。しかし、当津波被災農地では、排水機場の機能が回復しなければ、多量のかんがい水は使えない。4月9日の報道では津波被災水田に2011年の作付けは行わない方向であった。その一方、年間1500mm程度の降水がある。可能なら、砂の被覆物が多いところは梅雨入り前に砂を除去し、除塩溝を櫛状に入れる(米田 1958c)など、雨水による除塩促進が望まれる。豪雨時の排水や排水路に対する砂の流出にも留意を要する。
 今回の視察の機会を頂いた仙台市に謝意を表する。

南條正巳 2011-04-12

文献
  • Bahlbung, H., and Weiss, R.: Sedimentology of the December 26, 2004, Sumatra tsunami deposits in eastern India (Tamil Nadu) and Kenya, International Journal of Earth Science 96, 1195-1209 (2007)
  • Chandarasekharan, H. Sarangi, A, Nagarajan, M. Singh, V.P., Rao, D.U.M., Stalin, P., Natarajan, K., Chandrasekaran, B., and Anbazhagan, S.: Variability of soil-water quality due to Tsunami-2004 in the coastal belt of Nagapattinam district, Tamilhadu, Journal of Environmental Management 89: 63-72 (2008)
  • 福島県:塩害、平成16年度福島県稲作・畑作指針、p.217-219(2004)
  • 木田義信・佐々木園子・佐藤正一:土壌塩分が水稲苗の活着に及ぼす影響, 東北農業研究, 60, 35-36(2007b)
  • 木田義信・佐藤正一・佐藤紀男:福島県南相馬市北海老地区の高潮流入による塩害の実態 第1報 高潮流入後の土壌塩分の推移, 東北農業研究, 60, 33-34 (2007a)
  • 経済企画庁:土地分類基本調査図(国土調査)第72号(1967)
  • 熊本県農政部:平成11年9月24日の台風18号による農作物等被害状況及び対策、130pp.(2001)
  • 熊本県農業研究センター:平成11年台風18号塩害対策試験成績書, 81pp.(2001)
  • Kume, T., Umetsu, C., and Palanisami K.: Impact of the December 2004 tsunami on soil, groundwater and vegetation in the Nagapattinam district, India, Journal of Environmental Management, 90: 3147-3154 (2009)
  • McLeod MK, Slavich PG, Irhas Y. Moore N, Rachman A, Ali N, Iskandar T, Hunt C, Caniago C: Soil salinity in Aceh after the December 2004 Indian Ocean tsunami, Agricultural Water Management 97, 605-613 (2010)
  • 三宅靖人:塩害地水田土壌の除塩に及ぼすかんがい水の効果, 岡山大農場報告, 13・14, 1-2(1991)
  • 三宅靖人・下瀬 昇・河内知道:笠岡湾干拓地畑土壌に対する土壌改良資材の除塩効果, 岡山大農学報, 72, 77-87(1988)
  • 中田 均:海水の浸水被害を受けた水田土壌の塩類滞留実態と水洗浄による除塩対策のモデル的解析, 富山県農総研研報, 2, 27-37(2011)
  • 中矢哲郎・丹治 肇・桐 博英:インド洋津波によるタイ南部塩害農地の現地調査, 農業土木学会全国大会講演要旨集, pp.618-619 (2005)
  • Nakaya, T., Tanji, H., Kiri, H., and Hamada, H.: Developing a salt-removal plan to remedy Tsunami-caused salinity damage to farmlands: Case study for an area in Southern Thailand, JARQ, 44, 159-165 (2010)
  • Raja, R., Chaudhuri, S.G, Ravisankar, N., Swarnam, T.P., Jayakumar, V., and Srivastava, R.C.: Salinity status of tsunami-affected soil and water resources of South Andaman, India, Research Communications, 96: 152-156 (2009)
  • Reichenauer, T.G., Panamulla, S., Subasinghe, S. and Wimmer, B.: Soil amendments and cultivar selection can improve rice yield in salt-influenced (tsunami-affected) paddy field in Sri Lanka, Environ Geochemistry and Health, 31, 573-579 (2009)
  • 佐藤 敦:八郎潟干拓地の土壌と農業,粘土科学,30,115-125(1990)
  • 仙台市経済局農林土木課整備係、株式会社秋元技術コンサルタンツ: 東北地方太平洋沖地震津波被災地域図(2011)
  • Srisutam C and Wagner J.-F.: Tsunami sediment characteristics at the Thai Andaman Coast, Pure Appl. Geophys. 167, 215-232 (2010)
  • 米田茂男:塩害と土壌[1],農園,33, 1028-1032 (1958a)
  • 米田茂男:塩害と土壌[2],農園,33, 1077-1080 (1958b)
  • 米田茂男:塩害と土壌[3],農園,33, 1338-1342 (1958c)

2011年4月14日

東日本大震災:亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場の除塩対策

 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に伴う津波による亘理町逢隈十文字周辺の海水流入田の現況と今年度水稲作付のための除塩対策について検討し,3月22日に「集団のほ場の電気伝導率(EC)の測定結果について」,3月29日に「亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場の除塩対策について」,4月8日に「亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場の除塩対策について(第2報)」を関係者に報告しました。

 報告では,亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場は海水流入以外の津波の影響が殆どみられず塩分を含まない灌漑水の湛水と落水を繰り返して土壌のEC値を下げれば(除塩対策ができれば)今年度の水稲作付は可能と判断しました。しかしながら,4月13日に亘理町が発表した東日本大震災に伴う今年度の水稲作付についてによると,現時点では排水施設が全く機能しておらず除塩対策ができないため,「平成23年度の水稲作付に関して、被災の甚大な地域(荒浜地区・吉田東部地区)を考慮し、緊急的な措置として、『平成23年度の水稲作付に関する計画図』」で塩害予想区域に設定された当地域の今年度水稲作付は困難となりました。

 今回の取り組みは今年度水稲作付のための緊急対策の検討でしたので,残念ながら当初の目的を果たすことができませんでした。しかしながら,今回の検討結果が「震災で海水流入以外は目立った津波の影響がみられない水田ほ場の除塩対策」として少しでも役立てばと思い,ここにその内容を紹介します。なお,宮城県農林水産部農産園芸環境課が公表しております技術情報第2報(平成23年4月12日)では「東日本大震災に伴う農作物の技術情報(第2報) ~海水等流入水田における対応等~」として,津波により海水・土砂・泥土等が流入した水田ほ場の留意点がまとめてありますので,そちらも参考にして下さい。


亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場の除塩対策について

海水流入田の現況 国土地理院が公表しております2011年3月13日撮影の空中写真と現地の土壌試料(3月19日採取)の1:5水浸出法による電気伝導率(EC)の測定結果から海水流入田の現況を把握しました(写真)。ECは海水に含まれる塩分により高まることから,ここではECを海水流入の評価の指標として用いております。現地7地点のECは1.5〜3.9 mS/cm(ミリジーメンス・パー・センチメートルと読み,dS/m を単位とした場合も同一の数値)と高く,その値は東から西に向かって低下する傾向を示し,分布は空中写真から判定される流入海水の残存程度および痕跡と概ね一致します。このことは空中写真からおおよその海水流入の判定ができることを示唆しており,試料採取地点以外の水田においても海水流入の程度を写真から推測することが可能です。

写真:亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場における海水流入状況と表層土壌の電気伝導率
写真:亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場における海水流入状況と表層土壌の電気伝導率 国土地理院が公表した平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震正射写真地図 10RE111 (3月13日撮影) の一部をトリミングしたものに,3月19日に松本俊彦氏が採取した表層土壌試料を菅野が測定した1:5水浸出法による電気伝導率(EC, mS/cm)の分析値 (白文字) を重ねて表示した。撮影日に海水が残っている部分は薄緑色,海水が引いた跡は黒く,海水が水尻側から滲みた跡は薄黒くみえる。黄色線は標高2.5mの等高線を示し,写真地図の東端を縦走しているのは常磐自動車道。

塩害と除塩対策 海水が流入した水田では水稲への塩害(移植期の活着不良など)が懸念され,土壌塩分を下げる除塩対策が必要となります。除塩は塩分を含まない灌漑水での湛水と落水の繰り返しが基本ですが,暗渠による排水性を確保できるか否かによって対策が分かれるようです。熊本県農政部は,暗渠排水が機能する場合は代かきを行わずに水の縦浸透を重視し,湛水と自然減水による落水の繰り返しによる除塩の効果が高いと報告しています。一方,津波の影響で表面に粘土質な堆積物があったり海水の影響で排水性が悪化している場合は,湛水−代かきと落水(暗渠排水と田面水排水の併用)の繰り返しによる除塩作業になります。除塩目標は1:5水浸出法による土壌の電気伝導率(土壌EC)で,0.7 mS/cm以下(熊本県農政部),0.5 mS/cm以下(北海道上川農試土壌肥料科 1990,中田 2011),0.3〜0.6 mS/cm 以下(JA全農 2011)とされており,福島県農業総合センター浜地域研究所(2007)は移植時の土壌塩分が0.2%(土壌ECで0.6 mS/cm)を超えると穂数が減少し収量が10%以上低下すると報告しておりますので,土壌ECによる対策目標は0.7〜0.3 mS/cmの範囲以下と考えられます。土壌ECではなく代かき後の田面水の電気伝導率(田面水EC)をもとに判断する場合は,茨城県農業総合センター専門技術指導員室(2011)が紹介している水稲活着期の塩害回避には灌漑水ECが1.8 mS/cm以下という数値が目安になりそうですが,もう少し低めの値が安全かもしれません。
 福島県農業総合センター浜地域研究所(2007)は,まとまった降水により除塩が進むこと,障害を避けるために強風時移植の回避と移植後の深めの水管理が大切なこと,塩害ほ場では茎数増加が緩慢なので栽植密度を高めて茎数を確保することが大切であることを挙げております。

今年度作付のための除塩対策 暗渠による排水が十分に期待できる時は湛水と自然減水による落水を繰り返す除塩対策をお勧めします。暗渠による排水が機能しにくい時は前回提案しました湛水−代かきと落水(暗渠排水も併用)を繰り返す除塩作業をして下さい。現地土壌試料を用いて行った洗浄実験()から,洗浄回数が多いほど,排出される浸出液の比率が高いほどECが低下し,田面水の値が0.8 mS/cm付近から浸出液の「にごり」がとれにくくなり,0.4 mS/cm以下だと「にごり」がとれなくなることが分かっております。このことは,除塩対策として代かき−落水を繰り返す場合に深水で代かきを行うと効果が出やすく,代かき後の「にごり」の残存が塩分濃度の低下の目安となることを示唆しております。また,除塩中の落水排水は塩分濃度が高くなるので,排水を用水として循環利用している場合は用水のECをこまめにチェックすることを忘れないで下さい。

菅野均志 2011-04-08


図:亘理町逢隈十文字周辺の海水流入土壌の純水洗浄回数と電気伝導率(左)および浸出液pH(右)
図:亘理町逢隈十文字周辺の海水流入土壌の純水洗浄回数と電気伝導率(左)および浸出液pH(右) 3月19日に松本俊彦氏が採取した表層土壌試料のうち1:5水浸出法による電気伝導率(EC, mS/cm)が最大と最小の試料を用い,純水による洗浄回数と浸出液ECおよびpHの関係を室内実験で検討した。代かき時灌漑水量の影響は固液比1:5(実線)および1:2〜1:3(破線)で比較した。前者は毎回50〜60%,後者は毎回30%前後の水を排出後に相当分を純水で補充。

文献
  • 熊本県農政部,平成11年9月24日の台風18号による農作物等被害状況及び対策
  • 茨城県農業総合センター専門技術指導員室,2011,水田への海水流入対策,東北地方太平洋沖地震(3月11日発生)の技術対策(第2報)http://www.pref.ibaraki.jp/nourin/noucenter/advice/images/zisin02.pdf
  • 北海道上川農試土壌肥料科,1990,水稲の海水混入灌漑水による塩害とその対策,成績概要書
  • 中田均,2011,海水の浸水被害を受けた水田土壌の塩類滞留実態と水洗浄による除塩対策のモデル的解析,富山県農総セ農研研報 2:27-37
  • JA全農,2011,東北地方太平洋沖地震対策:津波による塩害対策と水田の土壌管理について http://www.zennoh.or.jp/press/topic/PDF/20110329_1.pdf
  • 福島県農業総合センター浜地域研究所,2007,海水流入ほ場で塩害を軽減するための栽培技術,平成18年~19年度農業総合センター試験成績概要

2009年9月12日

土壌教育教材としての世界土壌図の試作

小縮尺の土壌図は土壌の多様性と地理的分布を理解するための基本的な教材ですが,学校教育現場で利用可能な資料は限られています。ここでは土壌教育教材の開発を目的に世界土壌図(世界土壌資源図)を試作したので紹介します。

世界土壌図は WRB map of world soil resources(FAO AGL, 2003)や Global soil suborder map data(USDA NRCS, 2005)としてGIS用データとともに二次利用可能な形で公開されています。今回は図示単位が12土壌目と一覧性に優れる後者を基に東経150度を中心とした「世界土壌資源図」を作図しました。用いた図示単位(米国土壌タクソノミーの土壌目)とWRBの照合土壌群や日本の土壌大群名との関係は図中に付表の形で示しました。

以前紹介しました読替えデジタル日本土壌図とともに,この土壌図が土壌教育の教材として授業や講義で活用されることを切に願います。

(紹介文作成:菅野均志,2009-09-12)

new-soil-map-w.jpg

PDF形式ファイル (786KB) をダウンロード

(菅野均志・平井英明・高橋正・南條正巳:土壌教育教材としての日本および世界土壌図の試作,日土肥講要55, p.201 (2009) 京都大学農学部 (2009.9.15〜17))

2009年2月 2日

読替えデジタル日本土壌図

日本の土壌の多様性と地理的分布の理解を助ける土壌教育教材探索の視点から現在利用可能な小縮尺の日本土壌図を整理し,最新の土壌分類体系に暫定的に対応した読替え日本土壌図を試作しました。

読替え日本土壌図は,土壌教育教材としての使い勝手を考慮して図示単位を第二次案の造成土,泥炭土,ポドゾル性土,黒ぼく土,暗赤色土,沖積土,停滞水成土,赤黄色土,褐色森林土,未熟土の10土壌大群(Great Groups)とし,作図は1/100万日本土壌図(ペドロジスト懇談会土壌分類・命名委員会,1990)の図示単位である第一次案の土壌亜群を対比表(日本ペドロジー学会第四次土壌分類・命名委員会,2003)に従って土壌大群に読替えながら行いました。はじめに1/100万日本土壌図をビットマップ画像(ラスターイメージ)としてパーソナルコンピュータに取り込み,次にその画像を下絵として市販のドロー系画像処理ソフトを用いて手作業で土壌大群毎のベクターイメージ(ポリゴン)に変換しました。

(紹介文作成:菅野均志,2009-02-02)

new-soil-map-j.jpg

この土壌図は既存の土壌図の読替えだけに依る制限により,(1) 黒ぼく土大群に含まれる褐色黒ぼく土群と (2) 造成土大群のそれぞれを適切に土壌図上に位置づけることができておりません。特に前者は,褐色森林土群(第一次案)から第二次案の褐色黒ぼく土群を切り取る課題を露呈したものです。褐色森林土大群(第一次案からの読替えによる面積割合53%)のどの程度が黒ぼく土大群(同面積割合17%)に移行するかを検討し最新の土壌図に反映させることは,炭素貯留能等を含めた日本の土壌資源評価のための重要な課題であると考えます。

ここで紹介しました土壌図を「読替えデジタル日本土壌図」としてPDF形式ファイルで一般に公開します。土壌教育の教材として講義等でご自由にお使い下さい。

PDF形式ファイル (620KB) をダウンロード

(菅野均志・平井英明・高橋正・南條正巳:1/100万日本土壌図(1990)の読替えによる日本の統一的土壌分類体系−第二次案(2002)−の土壌大群名を図示単位とした日本土壌図,ペドロジスト,52: 129--133 (2008))

2006年7月27日

石灰中和による腐植複合体アルミニウムの大きな減少

アルミニウム-腐植複合体は,アロフェン質粘土とともに,黒ボク土のユニークな性質(リン酸との高い反応性,低い仮比重など)の基となっており,比較的安定に存在すると考えられてきた.しかし,アルミニウム-腐植複合体の一部はかなり不安定で,pHやイオン強度の変化で容易にAlイオンが放出されることがわかってきている(Takahashi et al. 1995, 1998, 2003).

この論文では,土壌酸性の改良に用いられる石灰(炭酸カルシウム)の施用によって,アルミニウム-腐植複合体(図のAlp)が大きく減少することを示した.人間による比較的弱い土壌への働きかけでも,土壌の基本的性質を大きく変化させる一例である.

(紹介文作成:高橋正,2006-07-27)

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(Takahashi, T., Ikeda, Y., Fujita, K. and Nanzyo, M.: Effect of liming on organically complexed aluminum of nonallophanic Andosols from northeastern Japan. Geoderma, 130: 26-34 (2006))

世界土壌照合基準(World Reference Base for Soil Resources)中のAndosolsの改訂提案

世界土壌科学会議,国際土壌照合情報センター,および国際連合食糧農業機関が編集した,国際的な土壌分類体系World Reference Base for Soil Resources (WRB)が1998年にまとめられた.その中のAndosols土壌群(日本の黒ボク土に相当)にかかわる定義(andic, vitricの定義)や下位レベルの土壌名(修飾語)については検討すべき点が多数残されていた.そこで,土壌立地学研究室が作成した黒ボク土のデータベース(Tohoku University World Andosol Database)等を用いて,その問題点を整理し改訂案を提示した.

2006年に改訂されたWRB(写真)には,私たちの提案の多くが採用され,本論文は巻末の引用文献リストに掲載された.

(紹介文作成:高橋正,2006-07-27)

(Takahashi, T., Nanzyo, M. and Shoji, S. : Proposed revisions to the diagnostic criteria for andic and vitric horizons and qualifiers of Andosols in the World Reference Base for Soil Resources. Soil Sci. Plant Nutr., 50(3)431-437 (2004) )

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2006年7月26日

火山灰が土壌になるときの元素濃度変化

nanzyo-01.png
 火山灰には白っぽいものから,黒っぽいものまでいろいろあり,ケイ素濃度が異なりますが,主要元素はいずれもケイ素です。しかし,これらの火山灰から湿潤気候下で良く生成するアロフェン・イモゴライト,Al-腐植複合体,フェリハイドライトなどの土壌成分はAlまたはFe含量が高く,ケイ素含量は高くありません。従って,土壌化の過程では多量のケイ素などが失われ,元素濃度が大きく変化します。多くの試料を分析しますと,ケイ素の他に,Na, Caなどのアルカリ,アルカリ土類金属なども溶脱し,遷移元素,希土類元素の中には濃縮されるものがあることがわかりました。この元素濃度変化の過程における更に詳細な法則性の解明を目指しています。

(紹介文作成:南條正巳,2006-07-26)

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詳細については,ここ(PDFファイルへのリンク)をクリックして下さい。

文献
・Volcanic Ash Soils -Genesis, Properties and Utilization, Developments in Soil Science 21, S. Shoji, M. Nanzyo and R.A. Dahlgren, Elsevier, pp.146-149 (1993)
・Changes in content of trace and ultratrace elements with an increase in noncristalline materials in volcanic ash soils of Japan, M. Nanzyo, S. Yamasaki, and T. Honna, Clay Sci. 12(1): 25-32 (2002)

2006年5月12日

図們江圏研究の基盤としての流域映像ライブラリー

tumen-mov.png中朝国境にまたがる図們江圏の地理的情報を鳥瞰映像として可視化し,現地調査により得られた情報(映像・写真)とあわせて流域映像ライブラリーを作成した。本ライブラリーを用いることにより,図們江圏の自然環境の概略を知るとともに現地調査が困難な地域の状態もある程度把握(予測)することが可能となった。(東北アジア研究センター 宮本毅氏,総合学術博物館 長瀬敏郎氏との共同研究)

(紹介文作成:菅野均志,2006-05-12)


本研究は科学研究費補助金 基盤研究(B)(2) 15401020 「図們江圏の居民生活史にみる自然・社会環境の基礎的研究」(代表:上野稔弘・東北アジア研究センター)の一部として実施された。詳細は同科研費報告書(2006年)に記し,流域映像ライブラリーはDVDとして同報告書に添付したが,以下に概略と鳥瞰映像ムービー(WEBバージョン)を掲載した。

鳥瞰画像の作成について
インターネットなどを通じて入手可能な同地域の標高データ(SRTM-3と呼ばれる3秒メッシュ(約90m)の標高データセット)と衛星写真(米国の地球資源観測衛星ランドサットが撮影したランドサット画像)の地理情報を基にし,市販のパーソナルコンピュータ(いわゆるWindowsのパソコン)とカシミール3Dというフリーの三次元地図ソフトウェアを使用して図們江沿流域の自然環境の概要を鳥瞰映像ムービーとして可視化した。

鳥瞰画像の具体的な作成環境
 ・パーソナルコンピュータ
   OS:Microsoft(R) Windows(R) XP Professional Service Pack 2
   CPU:Intel(R) Pentium(R) 4 2.80GHz
   RAM:1GB
   ハードディスク:40GB
 ・三次元地図ソフトウェア:無料
   カシミール3D(http://www.kashmir3d.com/)
   スカイビュースケープ・プラグイン
 ・オンライン航空写真(空中写真)サービス:2,625円(税込)/年
   スカイビュースケープ(デジタル・アース・テクノロジー(株) http://www.det.co.jp/)

鳥瞰映像ムービー(WEBバージョン)
tumen-mov2.png
動画(再生にはQuickTime7が必要です)のダウンロード(22MB)
Get QuickTime


QuickTime、QuickTimeロゴは、米国およびその他の国で登録されているApple Computer, Inc.の商標です。Get QuickTimeバッジはApple Computer Inc.の商標であり、同社の許可により使用しています。

2006年5月11日

火山灰土壌の生成

火山灰土壌の生成に及ぼす気候と植生の影響を調べている.温暖湿潤気候では主に黒ボク土ができ,寒冷湿潤気候ではポドゾルができる.表層の腐植の性質は植生によって変化し,草原植生の影響を強く受けると黒色土(黒ボク土)が,森林植生下では褐色土ができる.森林の土壌が火山灰土の性質をもつか否かは土の色からは判断できず,わが国の森林土壌に占める火山灰由来土壌の割合は不明である.炭素の蓄積能力,酸性雨への緩衝能などを把握するためには,土壌母材と化学的性質を知ることが重要となる.

(紹介文作成:高橋正,2006-05-11)

taka-04.png
左図:ススキ植生下の黒ボク土.
右図:ブナ林下の褐色火山灰土.

(高橋ら, ペドロジスト,45:118-129 (2001))

土壌中Al-腐植複合体のアルミニウムの安定性と毒性

腐植と結合したアルミニウムはフッ素やリン酸と反応するが,それ以外では安定に存在すると考えられてきた.しかし近年の研究から,この形態のアルミニウムはpHの低下やイオン強度の変化で容易に放出されるなど,予想以上に不安定であることがわかってきた.このことは,腐植複合体のアルミニウムが毒性アルミニウムの給源になる可能性を示し,土壌改良法のヒントとなる.また,これに付随した性質を活用し,環境に調和した土壌管理の方法を検討している.

(紹介文作成:高橋正,2006-05-11)

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上図:オオムギのアルミニウム過剰害.根の伸びが悪くなる.
下図:腐植複合体Al(Alp)と交換性Alの間には相関がみられる.

(Takahashi et al., Soil Sci. Plant Nutr., 49:729-733 (2003); Geoderma, 130:26-34 (2006))

非アロフェン質黒ボク土の土壌病害抑止作用

火山灰土壌のうち,アロフェン質粘土が少なく,Al-腐植複合体に富むものでは,ある種の土壌病害(インゲン根腐病など)を抑制する.これは土壌から適度にAlイオンが放出されるためであることがわかった.この性質をうまく利用することによって,減農薬栽培に結びつける研究を行っている.(秋田県立大学 古屋廣光 博士との共同研究)

(紹介文作成:高橋正,2006-05-11)

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上図:インゲン根腐病.激発で収穫皆無となる.
下図:土壌の交換性Alが多いと病斑数が少ない.

(Furuya et al., Phytopathology, 89:47-52 (1999))

ユニークな荷電特性をもつハロイサイト

火山灰からできる1:1型層状ケイ酸塩鉱物,ハロイサイトのイオン交換特性を調べている.米国カリフォルニア産のハロイサイトは植物養分として重要なカリウムイオンやアンモニウムイオンを特異的に吸着する.このようなイオン交換特性は従来の粘土鉱物学による1:1型鉱物からは説明できない.このメカニズムやこのような特性をもつハロイサイトの国内および世界的分布を研究している.(カリフォルニア大学R.Dahlgren教授との共同研究)

(紹介文作成:高橋正,2006-05-11)

taka-01.png
上図:ハロイサイトの透過型電子顕微鏡写真
下図:Kイオン選択性.ハロイサイトを多く含む土壌2Bt層でK選択性が高い

(Takahashi et al., Soil Sci. Soc. Am. J., 65:516-526 (2001) )

2006年4月24日

最近の研究成果を解説

論文等で公表された研究成果を順次紹介する予定。

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