Contents
1.イントロダクション
2.葉における窒素分配と窒素転流
3.Rubiscoの分解機構とコンパートメンテーション
4.Rubiscoの分解機構その@ ‐活性酸素によるっ断片化‐
5.Rubiscoの分解機構そのA ‐葉緑体外部への輸送と液胞での分解‐


1) イントロダクション
 窒素は植物の成長を最も強く支配し、また最も要求量の高い栄養素です。大地に根を下ろすと動くことのできない植物は、土壌から吸収できる限られた窒素を非常に効率のよく利用し、成長して次世代となる子実に集積する仕組みをもっています。また、『光合成機能の改善と植物の生産性』『イネのさらなる生産性の向上』のページに書かれた、光合成や生産性の向上にも窒素は大きく関わっています。本研究室では、植物の生産性向上を大きな目標に、植物が次世代へと生き続けていくために行う、巧みな窒素の利用機構に関する研究を行っています。


2) 葉における窒素分配と窒素転流
 イネやコムギをはじめ、多くの作物が属するC3植物の葉では、約75%もの窒素が光合成を行う細胞小器官である葉緑体に分配されます(Figure 1: Makino et al., 2003)。葉緑体窒素の多くは光合成を行うタンパク質として存在し、中でもCO2を固定する酵素であるRibulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase (Rubisco) には、単一のタンパク質であるにも関わらず約27%もの窒素が投資されています。(Rubiscoは地球上で最も多量に存在するタンパク質としても知られています。)

Figure 1.
 出葉から葉が枯れていくまでの一生を通してRubisco量を測定すると、Figure 2のようになります(Makino et al., 1984)。植物は、葉を大きく展開する過程では光合成に必要なRubiscoを多量に生産しますが、その後老化の段階では速やかに減少させます。この時、Rubiscoは分解され、その窒素成分は新しく形成される若い葉や、種子といったより窒素の必要となる部位へと運ばれ再利用されます。これを窒素の転流といいます。


Figure 2.


3) Rubiscoの分解機構とコンパートメンテーション
 細胞は葉緑体やミトコンドリアといった細胞小器官を持ち、個々の酵素タンパク質が効率的に働くために、適材適所となるようそれら細胞小器官の膜によって細かく区画化(コンパートメンテーション)されています。CO2固定を行うRubiscoは、葉緑体のストロマに局在します

 しかしながら、葉の老化過程でのRubiscoの分解に関して、Rubiscoがどこで、またどのように分解されるのかということに関して多くの議論がなされてきましたが、いまだ明確な答えはでていません。本研究室では、そのRubiscoの分解機構に関して様々な側面からの研究を行っています。


4) Rubiscoの分解機構その@ ‐活性酸素による断片化‐
 一つの分解経路として、まず葉緑体の内部でRubiscoが分解される経路が考えられます。本研究室では、コムギ葉から単離した葉緑体を材料に、Rubiscoが活性酸素によって直接分解されることを明らかにしました。また、低温ストレス下という条件のもとでは、実際の葉でもRubiscoが活性酸素によって分解されることを明らかにしました。
 
 葉緑体は、チラコイド膜上で光エネルギーを吸収し、化学エネルギーに変換して光合成を行います。このとき、葉緑体が強い光にさらされたような場合、処理しきれないエネルギーによって不可避的に活性酸素が生じてしまいます。活性酸素は、生体内のあらゆる物質に対して損傷を与える劇物です。本研究室では、葉緑体内の過剰エネルギーで生成した活性酸素がRubiscoを部分的に分解することを発見しました。
 また葉緑体には、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)が多数存在することが知られています。本研究室では、それら葉緑体の内部に存在するプロテアーゼの中からRubiscoを特異的に分解するものを探索する研究も行っています。

5) Rubiscoの分解機構そのA ‐葉緑体外部への輸送と液胞での分解‐
  もう一つ、考えられる分解経路として、葉緑体外部でのRubiscoの分解があります。最近の研究から、葉緑体はその表面から小胞を形成することで、Rubiscoを細胞質へと排出し、強力な分解活性をもつ液胞へとその小胞が運ばれることで、Rubiscoの分解が起こるという経路の存在を明らかにしました。(また、このRubiscoを含んだ小胞をRubisco containing body; RCBと命名しました。)そして、この小胞を介したRubiscoの輸送・分解機構には、オートファジーと呼ばれる大規模な細胞内分解システムが関与していることがわかりました。さらにオートファジーによる分解では、葉緑体はRCBを介して部分的に分解されるだけでなく、丸ごとの葉緑体が液胞内へ取り込まれ、分解されることも解りました。現在、これら2つのオートファジー葉緑体分解経路と、葉の老化に伴うRubisco分解の関係について、さらに研究を進めています