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東日本大震災:仙台市南東部における津波被災農地の視察

大学院農学研究科「食・農・村の復興支援プロジェクト」ウェブサイトに掲載されております南條正巳教授による津波被災農地の視察報告を紹介します。


2011年3月25日 仙台市南東部における津波被災農地の視察

 仙台市の案内で表記視察の機会を得た。その概況は以下のようであった。

視察経路
 高砂南部排水機場−園芸センター南側−荒井−地下鉄駅予定地脇−東部道路下通過−周囲には黒泥土に似た土が路肩等に10cm程度堆積−大堀排水機場−荒浜集落−荒浜集落南端農地(土壌サンプリング)

視察地域の概要
 当地域は七北田川と名取川の間にあり、津波は海岸から約4km内陸に及んだ。被災農地面積は水田を中心に1800ha以上とされる。この地帯の主な土壌は、灰色低地土、グライ低地土、黒泥土、褐色低地土(土壌名は現行の農耕地土壌分類に読み替え)である(経済企画庁, 1967)。特に、グライ低地土、黒泥土は排水不良地に分布する。当津波被災農地は海抜数m以下で、4つの排水機場が設置されている。これらの排水機場は津波で破壊されたが、応急ポンプで排水した結果、1週間前に比べて排水が大きく進んだとのことであった。道路脇の排水路では建物破砕物の掃除が進みつつあり、排水路の水位は田面より20〜30cm下に下がり、排水路は機能しつつあった。

水田の状況
 被覆物の状態と作土の管理から次の区分が可能と見られた。
 被覆物の状態
  (1) 建物破砕物が多い、
  (2) 粗砂の被覆物(畦や農道が高まりとして認められる)、
  (3) 黒泥に類似の被覆物(荒井と大堀の間)、
  (4) 被覆物が少ない(耕起前なら稲株が根元から露出)、などである。
  この他、面積はわずかだが丸い陥没様カ所が所々にあり、水位が田面より20〜30cm低い水たまりとなっていた。
 作土の管理
  (a) 耕起前、
  (b) 耕起済み。

荒浜集落南側における農地土壌のサンプリング
arahama-sitemap 当津波被災農地(海岸からの距離約800m)には水たまりが散在していた。この地域の被覆物は砂で、農道や畦の近くに多く、農道等から離れると少ない傾向にあった。A地点はスコップで砂の被覆物を掘ると水がすぐ湧き、砂が崩れた。砂に稲ワラのようなものが混入し、耕起された水田の可能性があり、上記区分で表現すると(2)と(b)の状態と推察した。B地点も砂の被覆物はやや厚く、掘っても水は出なかったが、土は黄色部と褐色部が混合し、水田ではないと見られた。 Bと道路の間にはビニルハウスの鉄骨が倒れ、さらに道路の近くには葉菜があり、薄く砂が堆積していた。C地点は水田であり、稲株が根元から見え、立っていた。株間には稲の上根が一部露出し、表層0〜2cmは津波ではぎ取られ、そこに2 cm程度の砂が堆積したと推察した(下の写真)。この地点では津波による侵食が必ずしも激しくない。上記区分で(4)と(a)の状態である。

arahama-profile

土壌の断面形態
 上記のように、この地点の稲株が立ったまま残っており、作土に対する津波の大きな影響は上部2〜3cmである。その部分は粗砂とその上のごく薄い細粒物質である。粗砂の下には作土が保存されていた。鋤床層は青灰色でジピリジル反応が++であり、その保存状態は良いとみられた。土壌断面の概要については上の写真と表1の備考欄に示した。塩分が土壌のどの深さまで及んでいるかを判定することは、修復技術策定の参考になる。

土壌の分析値
 当地点の0-2cmは津波による被覆物で、1:5水抽出液の電気伝導度(EC)と陽イオン濃度が高く(表1)、海水の影響が強かった。これに対して4-13cmの作土は、海水の影響を受けているが、ECと陽イオン濃度が急減し、影響の度合は大きくなかった。

arahama-table1

arahama-table2

 粗砂の被覆物(0-2cm)自体の電気伝導度(EC)は海水の約1/10程度であった。この値は乾土相当での1:5水抽出液の値で、被覆物の含水比が0.52であったことを考慮すると被覆物に含まれていた水が 約 10倍希釈で測定されているので、被覆物に含まれる水の塩分は海水と同程度と見られる。Na, K, Mg濃度も同様であった。これに対して、Ca濃度は海水より高かった。これは津波の往復または海水の停滞に伴い、作土が混入または作土から溶出したものと考えられる。
 作土のECは被覆物の1/8以下、Na濃度は1/10以下であった。このように耕起前の稲株の立っている水田では作土への海水の影響があまり大きくなかった。1:5水抽出液を遠心分離で除去した後に測定した作土の1M酢酸アンモニウム抽出陽イオン(交換性陽イオン)の組成もCa主体の状態を保っていた(表2)。
 鋤床層、下層になるにつれて海水の影響はさらに弱かった。この地点は低地にあり、鋤床層は還元状態で、透水性が低いことを示している。これらが下方向への水の浸透を制限したためと考えられる。
 この地点のサンプリング時点における津波の影響と除塩対策の概要を下図にまとめた。海水は作土に影響したが、それは被覆物に比べて小さかった。
arahama-treatment
 なお、上記は3月25日午後に採取した試料の結果である。塩分の濃度は気象条件や排水条件等の影響を受けて変化する可能性がある。
 津波直後の海水による影響が土壌のごく表層に留まる事例は2004年12月のインド洋津波でもタイの樹園地土壌で認められた(中矢他 2005; Nakaya et al. 2010)。そして、その塩分の大部分は次の雨期に溶脱し、油ヤシとキュウリはほぼ正常に生育した(Nakaya et al. 2010)。ランブータンは津波被災後に枯れる中で、ゴムの木は樹勢と樹液の質が低下する程度であったが、その塩害の影響は雨期後も残った(Nakaya et al. 2010)。インド南東部海岸(Kume et al. 2009;Chandarasekharan et al. 2008)、アンダマン島南部(Raja et al. 2009)でも雨期を経た翌年には多くの地点で土壌の塩濃度が大きく低下したが、地下水の塩濃度は高かった(Chandarasekharan et al. 2008)。アチェ(インドネシア)の津波後の土壌中における塩分の挙動は様々で、透水性の低い水田では相対的に塩分が抜けにくい傾向であった(MacLeod et al. 2010)。津波被災土壌で栽培した稲の耐塩性品種は対照品種より収量が高かった(Reichenauer et al. 2009)。
 インド洋津波でも砂質の被覆物が広く認められた(Bahlbung and Weiss 2007;Srisutam et al. 2010)。その砂は海岸から津波で侵食・運搬され、陸側に堆積したとされる(Srisutam et al. 2010)。

過剰な塩分の除去
 低地土壌に対する海水の影響は、土壌水中の塩濃度上昇、交換性Naの増加、粘土の分散性増加、単粒化と乾燥時の固化などである。海水の主な塩分である塩化ナトリウムは土壌に強く吸着せず、土壌水に溶けている部分はかんがい水で洗い流すことができる。但し、土壌のイオン交換基に保持されたナトリウムイオン(交換性Na)は、かんがい水で洗っただけでは除去されにくい。
 高潮等による海水流入、潮風害に関する塩害対策及び干拓地の除塩過程とその研究成果は、各方面からウェブサイト、新聞を含め多数示されている(例えば、米田,1958a,b,c;三宅 1988,1991; 佐藤 1990;福島県 2004;熊本県農業研究センター 2001;熊本県農政部 2001;木田他 2007a,b; 中田 2011,他)。それらによれば土壌の除塩方法には、海水があれば排水し、被覆物が厚ければ除去し、溝切り−湛水−排水、湛水−暗渠排水、湛水−代掻き−排水、などがあり、圃場の諸条件に合わせて効果的な方法を選択する必要がある。
 移植時の稲苗は耐塩性が強くなく、土壌懸濁液のEC値は苗の移植後数日間後以降も葉が巻かない程度(概ね0.5 dS m-1前後,報告により幅がある)以下になれば生育可と見られる。しかし、土壌中に塩濃度の高い部位が残ることもあり、注意を要する。

当地点(耕起前)の土壌修復の可能性
 当地点は排水不良と見られ、暗渠が機能しなければ、表面から塩分を除去する必要がある。
(1) 外来の被覆物(塩分濃度が高い)→多い場合は機械で除去する。
(2) 土壌表面に停滞した海水 →溝切り等明渠により排水する。
(3) 作土 →溝切り−湛水−排水により表面を洗浄する。排水能力によるが、可能ならこの段階までを速く行うことが望ましい。その後、排水が機能し、続けて潅漑水が使えれば、湛水−浅く代掻き--排水、などを必要に応じて繰り返し、ECを下げる。
(4) 交換性Na →作土では増加がわずかである。かんがい水は普通 CaがNaより多く、次第に交換性 Naが減少することが期待される。積極的に交換性Naを除去するには、除塩後、石灰資材を施与し(三宅他 1988)、湛水-代掻き−排水を繰り返すなどの対策が考えられる。石膏を使う場合、作土の鉄含量が少なければ、イオウが過剰にならないよう注意を要する。
(5) 陥没様カ所 →土木的に修復し、農業機械が通れるよう硬盤を作る必要がある。

耕起済みの水田
 作土全体が表1,2の被覆物(0-2cm)の状態に近いと推察する。耕起前の場合は作土上部までの対策[(1)-(3)]で十分な可能性があるが、耕起済みの水田ではその対策を作土全体に施す必要がある。場所によっては作土全体が砂と混合またはほとんど砂と置き換わった可能性も考えられる。だが、耕起済み水田でも鋤床層には海水の影響があまり大きくない可能性もある。被覆物が厚ければ除去し、暗渠が機能する場合には溝切り−湛水−排水により表面を洗浄後、湛水−暗渠排水により下層方向への除塩(熊本県農業研究センター 2001)が有効とされる。

おわりに
 津波被災農地の水田には上記のような多様性がある。その中で、耕起前の水田は耕起済みの水田より海水の浸透が浅い可能性がある。このような多様性に対応しながら速い回復を実現するには一筆ごとの判定が必要になる。大津波は数十年以上の長い周期で繰り返されており、津波の土壌影響に関するさらに充実した調査と記録は今後の土壌修復に役立つ。インド洋津波の土壌影響に関する論文はその後数年かけて出されている。
 上記の対策はかんがい水を充分に使える場合を想定している。しかし、当津波被災農地では、排水機場の機能が回復しなければ、多量のかんがい水は使えない。4月9日の報道では津波被災水田に2011年の作付けは行わない方向であった。その一方、年間1500mm程度の降水がある。可能なら、砂の被覆物が多いところは梅雨入り前に砂を除去し、除塩溝を櫛状に入れる(米田 1958c)など、雨水による除塩促進が望まれる。豪雨時の排水や排水路に対する砂の流出にも留意を要する。
 今回の視察の機会を頂いた仙台市に謝意を表する。

南條正巳 2011-04-12

文献
  • Bahlbung, H., and Weiss, R.: Sedimentology of the December 26, 2004, Sumatra tsunami deposits in eastern India (Tamil Nadu) and Kenya, International Journal of Earth Science 96, 1195-1209 (2007)
  • Chandarasekharan, H. Sarangi, A, Nagarajan, M. Singh, V.P., Rao, D.U.M., Stalin, P., Natarajan, K., Chandrasekaran, B., and Anbazhagan, S.: Variability of soil-water quality due to Tsunami-2004 in the coastal belt of Nagapattinam district, Tamilhadu, Journal of Environmental Management 89: 63-72 (2008)
  • 福島県:塩害、平成16年度福島県稲作・畑作指針、p.217-219(2004)
  • 木田義信・佐々木園子・佐藤正一:土壌塩分が水稲苗の活着に及ぼす影響, 東北農業研究, 60, 35-36(2007b)
  • 木田義信・佐藤正一・佐藤紀男:福島県南相馬市北海老地区の高潮流入による塩害の実態 第1報 高潮流入後の土壌塩分の推移, 東北農業研究, 60, 33-34 (2007a)
  • 経済企画庁:土地分類基本調査図(国土調査)第72号(1967)
  • 熊本県農政部:平成11年9月24日の台風18号による農作物等被害状況及び対策、130pp.(2001)
  • 熊本県農業研究センター:平成11年台風18号塩害対策試験成績書, 81pp.(2001)
  • Kume, T., Umetsu, C., and Palanisami K.: Impact of the December 2004 tsunami on soil, groundwater and vegetation in the Nagapattinam district, India, Journal of Environmental Management, 90: 3147-3154 (2009)
  • McLeod MK, Slavich PG, Irhas Y. Moore N, Rachman A, Ali N, Iskandar T, Hunt C, Caniago C: Soil salinity in Aceh after the December 2004 Indian Ocean tsunami, Agricultural Water Management 97, 605-613 (2010)
  • 三宅靖人:塩害地水田土壌の除塩に及ぼすかんがい水の効果, 岡山大農場報告, 13・14, 1-2(1991)
  • 三宅靖人・下瀬 昇・河内知道:笠岡湾干拓地畑土壌に対する土壌改良資材の除塩効果, 岡山大農学報, 72, 77-87(1988)
  • 中田 均:海水の浸水被害を受けた水田土壌の塩類滞留実態と水洗浄による除塩対策のモデル的解析, 富山県農総研研報, 2, 27-37(2011)
  • 中矢哲郎・丹治 肇・桐 博英:インド洋津波によるタイ南部塩害農地の現地調査, 農業土木学会全国大会講演要旨集, pp.618-619 (2005)
  • Nakaya, T., Tanji, H., Kiri, H., and Hamada, H.: Developing a salt-removal plan to remedy Tsunami-caused salinity damage to farmlands: Case study for an area in Southern Thailand, JARQ, 44, 159-165 (2010)
  • Raja, R., Chaudhuri, S.G, Ravisankar, N., Swarnam, T.P., Jayakumar, V., and Srivastava, R.C.: Salinity status of tsunami-affected soil and water resources of South Andaman, India, Research Communications, 96: 152-156 (2009)
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  • 佐藤 敦:八郎潟干拓地の土壌と農業,粘土科学,30,115-125(1990)
  • 仙台市経済局農林土木課整備係、株式会社秋元技術コンサルタンツ: 東北地方太平洋沖地震津波被災地域図(2011)
  • Srisutam C and Wagner J.-F.: Tsunami sediment characteristics at the Thai Andaman Coast, Pure Appl. Geophys. 167, 215-232 (2010)
  • 米田茂男:塩害と土壌[1],農園,33, 1028-1032 (1958a)
  • 米田茂男:塩害と土壌[2],農園,33, 1077-1080 (1958b)
  • 米田茂男:塩害と土壌[3],農園,33, 1338-1342 (1958c)
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