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東日本大震災:亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場の除塩対策

 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に伴う津波による亘理町逢隈十文字周辺の海水流入田の現況と今年度水稲作付のための除塩対策について検討し,3月22日に「集団のほ場の電気伝導率(EC)の測定結果について」,3月29日に「亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場の除塩対策について」,4月8日に「亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場の除塩対策について(第2報)」を関係者に報告しました。

 報告では,亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場は海水流入以外の津波の影響が殆どみられず塩分を含まない灌漑水の湛水と落水を繰り返して土壌のEC値を下げれば(除塩対策ができれば)今年度の水稲作付は可能と判断しました。しかしながら,4月13日に亘理町が発表した東日本大震災に伴う今年度の水稲作付についてによると,現時点では排水施設が全く機能しておらず除塩対策ができないため,「平成23年度の水稲作付に関して、被災の甚大な地域(荒浜地区・吉田東部地区)を考慮し、緊急的な措置として、『平成23年度の水稲作付に関する計画図』」で塩害予想区域に設定された当地域の今年度水稲作付は困難となりました。

 今回の取り組みは今年度水稲作付のための緊急対策の検討でしたので,残念ながら当初の目的を果たすことができませんでした。しかしながら,今回の検討結果が「震災で海水流入以外は目立った津波の影響がみられない水田ほ場の除塩対策」として少しでも役立てばと思い,ここにその内容を紹介します。なお,宮城県農林水産部農産園芸環境課が公表しております技術情報第2報(平成23年4月12日)では「東日本大震災に伴う農作物の技術情報(第2報) ~海水等流入水田における対応等~」として,津波により海水・土砂・泥土等が流入した水田ほ場の留意点がまとめてありますので,そちらも参考にして下さい。


亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場の除塩対策について

海水流入田の現況 国土地理院が公表しております2011年3月13日撮影の空中写真と現地の土壌試料(3月19日採取)の1:5水浸出法による電気伝導率(EC)の測定結果から海水流入田の現況を把握しました(写真)。ECは海水に含まれる塩分により高まることから,ここではECを海水流入の評価の指標として用いております。現地7地点のECは1.5〜3.9 mS/cm(ミリジーメンス・パー・センチメートルと読み,dS/m を単位とした場合も同一の数値)と高く,その値は東から西に向かって低下する傾向を示し,分布は空中写真から判定される流入海水の残存程度および痕跡と概ね一致します。このことは空中写真からおおよその海水流入の判定ができることを示唆しており,試料採取地点以外の水田においても海水流入の程度を写真から推測することが可能です。

写真:亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場における海水流入状況と表層土壌の電気伝導率
写真:亘理町逢隈十文字周辺の水田ほ場における海水流入状況と表層土壌の電気伝導率 国土地理院が公表した平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震正射写真地図 10RE111 (3月13日撮影) の一部をトリミングしたものに,3月19日に松本俊彦氏が採取した表層土壌試料を菅野が測定した1:5水浸出法による電気伝導率(EC, mS/cm)の分析値 (白文字) を重ねて表示した。撮影日に海水が残っている部分は薄緑色,海水が引いた跡は黒く,海水が水尻側から滲みた跡は薄黒くみえる。黄色線は標高2.5mの等高線を示し,写真地図の東端を縦走しているのは常磐自動車道。

塩害と除塩対策 海水が流入した水田では水稲への塩害(移植期の活着不良など)が懸念され,土壌塩分を下げる除塩対策が必要となります。除塩は塩分を含まない灌漑水での湛水と落水の繰り返しが基本ですが,暗渠による排水性を確保できるか否かによって対策が分かれるようです。熊本県農政部は,暗渠排水が機能する場合は代かきを行わずに水の縦浸透を重視し,湛水と自然減水による落水の繰り返しによる除塩の効果が高いと報告しています。一方,津波の影響で表面に粘土質な堆積物があったり海水の影響で排水性が悪化している場合は,湛水−代かきと落水(暗渠排水と田面水排水の併用)の繰り返しによる除塩作業になります。除塩目標は1:5水浸出法による土壌の電気伝導率(土壌EC)で,0.7 mS/cm以下(熊本県農政部),0.5 mS/cm以下(北海道上川農試土壌肥料科 1990,中田 2011),0.3〜0.6 mS/cm 以下(JA全農 2011)とされており,福島県農業総合センター浜地域研究所(2007)は移植時の土壌塩分が0.2%(土壌ECで0.6 mS/cm)を超えると穂数が減少し収量が10%以上低下すると報告しておりますので,土壌ECによる対策目標は0.7〜0.3 mS/cmの範囲以下と考えられます。土壌ECではなく代かき後の田面水の電気伝導率(田面水EC)をもとに判断する場合は,茨城県農業総合センター専門技術指導員室(2011)が紹介している水稲活着期の塩害回避には灌漑水ECが1.8 mS/cm以下という数値が目安になりそうですが,もう少し低めの値が安全かもしれません。
 福島県農業総合センター浜地域研究所(2007)は,まとまった降水により除塩が進むこと,障害を避けるために強風時移植の回避と移植後の深めの水管理が大切なこと,塩害ほ場では茎数増加が緩慢なので栽植密度を高めて茎数を確保することが大切であることを挙げております。

今年度作付のための除塩対策 暗渠による排水が十分に期待できる時は湛水と自然減水による落水を繰り返す除塩対策をお勧めします。暗渠による排水が機能しにくい時は前回提案しました湛水−代かきと落水(暗渠排水も併用)を繰り返す除塩作業をして下さい。現地土壌試料を用いて行った洗浄実験()から,洗浄回数が多いほど,排出される浸出液の比率が高いほどECが低下し,田面水の値が0.8 mS/cm付近から浸出液の「にごり」がとれにくくなり,0.4 mS/cm以下だと「にごり」がとれなくなることが分かっております。このことは,除塩対策として代かき−落水を繰り返す場合に深水で代かきを行うと効果が出やすく,代かき後の「にごり」の残存が塩分濃度の低下の目安となることを示唆しております。また,除塩中の落水排水は塩分濃度が高くなるので,排水を用水として循環利用している場合は用水のECをこまめにチェックすることを忘れないで下さい。

菅野均志 2011-04-08


図:亘理町逢隈十文字周辺の海水流入土壌の純水洗浄回数と電気伝導率(左)および浸出液pH(右)
図:亘理町逢隈十文字周辺の海水流入土壌の純水洗浄回数と電気伝導率(左)および浸出液pH(右) 3月19日に松本俊彦氏が採取した表層土壌試料のうち1:5水浸出法による電気伝導率(EC, mS/cm)が最大と最小の試料を用い,純水による洗浄回数と浸出液ECおよびpHの関係を室内実験で検討した。代かき時灌漑水量の影響は固液比1:5(実線)および1:2〜1:3(破線)で比較した。前者は毎回50〜60%,後者は毎回30%前後の水を排出後に相当分を純水で補充。

文献
  • 熊本県農政部,平成11年9月24日の台風18号による農作物等被害状況及び対策
  • 茨城県農業総合センター専門技術指導員室,2011,水田への海水流入対策,東北地方太平洋沖地震(3月11日発生)の技術対策(第2報)http://www.pref.ibaraki.jp/nourin/noucenter/advice/images/zisin02.pdf
  • 北海道上川農試土壌肥料科,1990,水稲の海水混入灌漑水による塩害とその対策,成績概要書
  • 中田均,2011,海水の浸水被害を受けた水田土壌の塩類滞留実態と水洗浄による除塩対策のモデル的解析,富山県農総セ農研研報 2:27-37
  • JA全農,2011,東北地方太平洋沖地震対策:津波による塩害対策と水田の土壌管理について http://www.zennoh.or.jp/press/topic/PDF/20110329_1.pdf
  • 福島県農業総合センター浜地域研究所,2007,海水流入ほ場で塩害を軽減するための栽培技術,平成18年~19年度農業総合センター試験成績概要
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