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オランダ ワーゲニンゲン滞在記(宮下)

 日本のみなさん、こんにちは。本拠点形成事業でオランダのワーゲニンゲン大学(Wageningen University and Research)に派遣されている植物病理学分野助教の宮下脩平です。Department of Plant Sciences(植物科学)のBart Thomma教授のチームVerticillium属の植物病原糸状菌(カビ)について共同研究をしています。研究内容や今回の滞在の狙いについては後日「活動報告」でお知らせすることにして、今回は気楽な雑文をというリクエストにより、こちらでの生活についてご紹介します。



研究室の生活

 Verticillium属菌関係の研究をしているチームには十数人のメンバーがいます。そのうちウェット(実験をやる)が3分の2、ドライ(コンピュータでの解析)が3分の1くらいでしょうか。このチームでは複数の系統のVerticillium属菌について、illuminaシーケンスとPacBioシーケンスのデータを組み合わせることによってゲノム配列を端から端まで既に決定しており(実はこれはほとんどの生物でなされていません。多くの場合ゲノム決定といっても多数のscaffoldが並んでいてその間が空いています)、そのゲノム情報を活用していろいろな研究をしています。現在、多くの研究者が頭を悩ませている、オミックスデータと一つ一つの遺伝子のデータの間を埋める、という問題に真正面から、しかし非常にスマートに取り組んでいます。そんなチームということもあって、私が日本でやっている「実験と数理モデリングを組み合わせた植物ウイルス研究」についてセミナーで紹介すると大いに受けました。おかげで居心地よく研究室で過ごせています(研究室への感染に成功しました)。


研究室がある建物。緑色のロールカーテンが採光を自動調節。



 メンバーのうち半分くらいはPhD(博士後期課程に相当、3~4年契約)で、彼らがそれぞれ1人ずつMaster(博士前期課程に相当)か学部生の面倒を見る(つまり面倒を見ながら自分の研究を手伝ってもらう)というスタイルでやっています。Masterや学部生はシステムによりますが、短いと2か月くらい、長いと1年くらい所属します。Masterの間に2つ以上の研究室で実践トレーニングを積む仕組みになっています。日本では同じ研究室に長くいることが多いと話すと「研究成果を積み重ねられそうでうらやましい」とメンバーに言われますが、それぞれ一長一短でしょうか。そのような環境では学生が指導教員の思考回路・技術から飛び出しにくい傾向があるように思います。指導教員の守備範囲を基盤としつつも、そこを飛び出してこそ、科学の進歩に貢献できるはずです。

実験室からの眺め

 このチームで週に一回セミナーがあり一人が進捗報告を行うほか、より大きい枠組みのPhytopathology(植物病理学)でも50人くらいが集まって週一回セミナーがあり、進捗報告などが行われます。面白いのは、PhytopathologyのPhDだけでも週一回、十数人が集まってミーティングをしており「これからの科学・農学は何が面白いか」という漠然とした議題で熱いディスカッションしているそうです。農学研究科でもPhD&助教くらいでやってみたいですね。メンバーの国籍はさまざまで、オランダ以外が過半数です。スペイン・ドイツ・イタリア・ギリシャといったヨーロッパ諸国のほか、エジプト、コロンビア、中国などから来ています。そのため共通言語は英語で、みんな最初は「よそ者」だったためか新入りに対してとても親切です。街全体にそのような雰囲気があります。

 実験室の設備は日本と大して変わりませんが、別棟で非常に大きな共通温室があるのが特徴です。中は細かい区画に区切られていて、植物ごとに違う温度で管理されています。専任のスタッフが二十人ほどいるようで、メールをすると植物の播種・育苗・移植とその後の栽培をすべてやってくれます。私の場合、ちょうどいい時期に病原菌を持っていって接種すれば、あとは必要な時にサンプリングするだけです。とはいえ研究は観察が基本なので私は毎日見に行っています。維持費や人件費をどういう仕組みで捻出し支払っているのか、というのを滞在中に聞いてみるつもりでいます。

共通温室の様子



Wageningenとその周辺、オランダの農業について

 そもそもWageningenに大学がある理由は、いろいろな種類の土壌が街の近辺の狭いエリアに存在しており、それを利用した圃場試験を行うために大学の前身である農業学校が設置されたからだそうです。Wageningenは13世紀に都市権を獲得した、それなりに歴史ある街で、ネーデルライン川(少し上流でライン川がネーデルライン川とワール川に分岐している)の北岸に位置します。教会を中心とした旧市街は函館の五稜郭とよく似た形をしており、現在も堀に囲まれています。オランダの地図を拡大して見るとこのような都市が点々とたくさんあることがわかります。それぞれの都市の周辺には広大な農地が広がっています。オランダの国土面積は日本の9分の1ほどしかありませんが、国土の大半が平地であり、農地面積は日本の半分近くあります。この農地で大規模農業を行い、かつ、種苗や野菜、花きといった「お金になる」農業に特化することにより、オランダはアメリカに次ぐ世界第2位の農業輸出国(金額ベース)であるとのことです。スーパーマーケットに行くと非常によく見かけるのが「biologisch」という表示で、有機農法による農畜産物を指します。日本と違って、有機農法によらない産物との価格差はそれほど大きくありません。

ワール川(上)とネーデルライン川(下右)、Wageningenの古地図(下左)

旧市街の様子

街の周辺の農地

 観光地もご紹介しましょう。ワーゲニンゲンから北東に15 kmほどの場所にHoge Veluwe国立公園があります。週末に、研究室の仲間に勧められて自転車でここを訪ねてきました。国立公園内にKröller-Müller美術館(後述)があることもあって多くの観光客が訪れる場所で、自転車に乗って園内をめぐることができます(レンタルあり)。午後になって風が強くなると自転車を漕ぐのに心底うんざりするほどの広い敷地ですが、この地域の原風景と思われる自然景観が保存されており、周辺地域が開拓(※干拓ではありません)されていった時代を想像するうえで有意義な訪問でした。Kröller-Müller美術館ではゴッホやモンドリアンといったオランダを代表する芸術家の絵画や彫刻を中心に数多くの作品が展示されており、よく言われることですが日本の美術館と違ってすぐ近くで作品を見ることができます。本当にすぐ近くで横から下から見られるので、例えばゴッホが油絵具をキャンバスに載せていった息遣いを感じることができます。展示室の外に出ると「画家の絵の一部を自分で描いてみよう」という趣旨のコーナーがあって、思わずその息遣いを再現しようと真剣に取り組んでしまいました。屋外の彫刻展示も面白く、一日居られるいい場所です。

Hoge Veluwe国立公園

Kröller-Müller美術館



 気候や食事、自転車文化についてもご紹介したいところですが、いよいよとりとめもなくなってきましたので、このあたりで失礼します。長文駄文にお付き合いいただきありがとうございました。



宮下脩平
東北大学大学院農学研究科
植物病理学分野 助教
  • 日本学術振興会
  • 研究拠点形成事業
  • 東北大学
  • 東北大学大学院 農学研究科
  • 食と農免疫国際教育研究センター