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主な研究課題

植食性昆虫の寄主選択機構の解明

昆虫が自分の餌植物(寄主植物)を探索し、それを摂食あるいはそれに産卵して行く(寄主選択)過程で、植物が持つ化学物質は非常に重要な役割をしている。昆虫の寄主選択には視覚や接触感覚などの物理的情報も重要な働きをしているが、植物の化学情報のほうがより大きな働きをしている。私たちの研究室では昆虫の寄主選択に関わる植物の化学物質に関する研究を行っており、寄主探索や摂食行動を制御している様々な物質を特定している。例えば、イチゴハムシでは、寄主探索に関わる誘引物質だけでなく、試咬や摂食開始、連続摂食に関わる一連の摂食刺激物質までも特定しており、本種の寄主選択機構の一連の流れを物質レベルで解明することに成功している。寄主選択機構の一連の流れが物質レベルで明らかになっている昆虫種は少なく、昆虫の寄主選択機構を考える上での重要なモデルになると考えられる。

イチゴハムシの寄主選択行動メカニズム

現在、行っている課題

(1) 斑点米カメムシのイネ加害メカニズムの解明

斑点米はコメの等級落ちの主な原因で、斑点米カメムシと総称されるカメムシ類がイネの子実を吸汁することで生じる。斑点米がコメ1,000粒に2粒混入すると1等から2等に落等し、コメの価格は60 kg当たり600~1,000円低下する。このように斑点米は農家に甚大な経済的被害を与える問題となっている。斑点米カメムシはイネの出穂を契機に周辺のイネ科雑草地や牧草地から水田に侵入するが、その理由は長い間未解明であった。本研究室では代表的な斑点米カメムシであるカスミカメムシ科のアカヒゲホソミドリカスミカメおよびアカスジカスミカメ(図1)を用い、前者は開花期のイネ穂香気に(Niiyama et al. 2007, J. Appl. Entomol. (131), doi: 10.1111/j.1439-0418.2007.01161.x)、後者はこれに加え、成熟期のイネ穂や水田雑草イヌホタルイの開花穂香気にも誘引されることを明らかにしている(Hori 2009, J. Appl. Entomol. 133, DOI: 10.1111/j.1439-0418.2009.01398.x)。アカヒゲホソミドリカスミカメにおいては、水田周辺のイネ科雑草とイネとの選好性がイネの生育とともに変化し、イネが開花するとイネ科雑草からイネに選好性がシフトすることも明らかにしている(Fujii et al. 2010, Agric. Forest Entomol. 12, DOI: 10.1111/j.1461-9563.2009.00457.x)。さらに、イネ香気が生育に伴って変化し、開花期のイネではβ-caryophylleneの放出割合が増え(開花穂より放出される)、それに誘引されてアカヒゲホソミドリカスミカメが水田に侵入することを突き止めている(Fujii et al. 2010, J. Chem. Ecol. 36, DOI: 10.1007/s10886-010-9839-6)。この成果は新聞やインターネットでも紹介された。その後の研究で、アカヒゲホソミドリカスミカメではイネ開花穂の主要成分であるgeranyl acetone,β-caryophyllene,β-elemene,n-decanal,methyl salicylate,methyl benzoate, n-trideceneの7成分が(Hori and Enya, J. Appl. Entomol. DOI: 10.1111/jen.12019)、アカスジカスミカメではこの7成分からmethyl benzoateを除いた6成分が(Hori and Namatame, J. Appl. Entomol. DOI: 10.1111/jen.12001)、彼らの水田への侵入要因になっていることを見出している(図2、3)。以上の研究から、これまで謎であった斑点米カメムシの水田への侵入要因が明らかになってきたが、水田に侵入後、イネを吸汁加害する際に働く制御因子はまだ明らかになっていない。そこで、斑点米カメムシがイネに対し定着、口吻挿入、探針、吸汁開始、連続吸汁していく過程で、各行動を制御している物質を明らかにしていくことを目的に現在研究を行っている。併せて連続吸汁に至るまでの一連の行動パターンについて解析し、効率的な防除対策のための知見を得るとともに、生理活性物質を利用した新たな斑点米防除技術の開発を目指している。

アカヒゲホソミドリカスミカメとアカスジカスミカメ

図1 アカヒゲホソミドリカスミカメ(左)とアカスジカスミカメ(右)

斑点米カメムシの水田への侵入メカニズム

図2 斑点米カメムシの水田への侵入メカニズム

斑点米カメムシが水田に侵入する化学的要因

図3 斑点米カメムシが水田に侵入する化学的要因

(2) コウチュウ目昆虫の味覚認識における跗節の役割

コウチュウ目は世界で約37万種を超える動物界最大の目であり、昆虫種の約4割を占めるが、彼らの寄主・餌選択時の味認識機構については未解明な部分が多い。すなわち、餌に到達した虫は味覚刺激により餌を試咬するが、その際に用いられる味覚器官が未だに解明されていない。チョウ目やハエ目では跗節が味認識に重要な役割をしていることが明らかになっているが、コウチュウ目では跗節の味覚器官としての役割どころか、跗節に味覚感覚子を通常、有しているのかさえ明らかでない。これまでの研究ではコウチュウ目ハムシ科が跗節味覚感覚子を有し、味認識に用いていることを形態学(図1)、行動学(図2)の両面から初めて明らかにしてきた(Kakazu et al. 2007, APACE 2007)。しかし一方で、他科の多くの種では、跗節味覚感覚子がないことも示唆されてきている(Masuta et al. 2012, ICE 2012)。これが事実であれば、これまでの常識が大きく覆されることとなる。コウチュウ目昆虫も通常、跗節に味覚感覚器を有していると常識的に考えられてきたため、これまで鞘翅目全般に渡ってこのことが検証されることはなかった。また、跗節に味覚感覚器の存在が認められたハムシ科でも、適切なアッセイ法がなかったため、それが味認識に用いられているか行動学的に証明されたことはなかった。本研究では、コウチュウ目における跗節味覚感覚子の有無と役割を形態学、行動学、電気生理学(図3)的側面から網羅的に解明する。これにより、コウチュウ目が餌に到達後、摂食に入る過程で主に用いている味覚感覚子が明らかになれば、最大の種数を誇るコウチュウ目の寄主選択メカニズムおよび昆虫の跗節の味覚器官としての役割がより明確になる。また,分類群や食性と味認識機構の関係が明らかになれば、コウチュウ目昆虫における食性の進化と味認識機構の進化との関係も明らかになる。さらに、味覚器官をターゲットとした害虫の新たな行動制御技術の開発にもつながる。

イチゴハムシの跗節味覚感覚子

図1 イチゴハムシの跗節味覚感覚子(左図は前脚跗節先端で矢印が味覚感覚子、右図は味覚感覚子の先端)

イチゴハムシの跗節による味認識

図2 イチゴハムシの跗節による味認識。口器、触角、跗節の各味覚器官を切除し、どの味覚器官が残存していると味を認識できるか調査。ショ糖または苦味物質を塗布した濾紙と塗布しない濾紙を虫に選択させ、好きな味(ショ糖)や嫌いな味(苦味物)に対する反応をみる。余剰比係数=(処理区選択虫数-対照区選択虫数)/(処理区選択虫数+対照区選択虫数)。処理区はショ糖または苦味物質を塗布した濾紙、対照区は塗布しない濾紙。余剰比係数>0:処理区を選択(処理区を好む);余剰比係数=0:中立(処理区を好みも嫌いもしない);余剰比係数<0:対照区を選択(処理区を嫌う)。イチゴハムシは跗節が存在すれば味物質を認識でき、ショ糖が存在すればショ糖を、苦味物質が存在すれば対照を選択する。

イチゴハムシ跗節味覚感覚子のNaClに対する電気生理応答

図3 イチゴハムシ跗節味覚感覚子のNaClに対する電気生理応答

(3) タバコシバンムシの産卵刺激物質の特定

タバコシバンムシ(図1)は乾燥葉たばこをはじめ、あらゆる乾燥動・植物質を加害するきわめて広食性の貯蔵食品害虫である。特に穀粉とその加工品を好み、最も重要な貯蔵食品害虫となっている。本種の化学的防除は主に燻蒸剤や燻煙剤により行われているが前者は安全性の問題から使用場面が限られ、後者は効果的なものがなく、防除効果が期待できない。ゆえに、本種の防除は、害虫の発生場所を極力少なくするための施設、設備類へのサニタリーデザインの導入や害虫の発生場所を除去するための清掃が主体となっている。しかし、前者はコスト、設備的な問題を、後者は労力や人手不足、技術的な問題を抱えている。害虫の食品への混入は重大な消費者クレームとなるにもかかわらず、以上のように効果的・積極的な防除法は未だに確立していないのが現状である。貯蔵食品害虫が与える損害は食害による直接的な害よりも、虫の混入による消費者クレーム・信頼性の失墜のほうが大きいため、食品に虫が入らない防除法を確立することが重要であり、施設内における虫の発生源をなくすことが効果的である。害虫の産卵を制御できれば次世代の発生、繁殖を抑えることができ、発生源をなくすことが可能となる。本種は焙煎コーヒー豆や紅茶、緑茶の葉に好んで産卵する性質があるが、これらの食品では幼虫が全く成育できないことを、私たちはこれまでの研究で明らかにしている(図2、Hori et al. 2011, Appl. Entomol. Zool. 46, DOI: 10.1007/s13355-011-0062-x)。さらに、本種がこれらの食品に好んで産卵する原因として、これらに本種の産卵を促す物質(産卵刺激物質)が含まれていることも明らかにしている(図3)。産卵刺激物質を特定し、防除に利用できれば、本種幼虫が成育できない場所に産卵を誘導することができる。成育不可能な場所で孵化した幼虫はそこで死滅するため、施設内における次世代の繁殖は抑えられ、発生源を減少させることができる。本研究では、本種が最も産卵を好む焙煎コーヒー豆に含まれる本種産卵刺激物質を特定し、これを利用した本種産卵の制御、発生源の抑制による新防除技術の開発を目指す。

タバコシバンムシ

図1 タバコシバンムシ

各種食品に対するタバコシバンムシの産卵選好性

図2 各種食品に対するタバコシバンムシの産卵選好性
左からコーヒー豆、ココア粉末、紅茶葉、玄米、緑茶葉、トウモロコシ粉、小麦粉、白米、きな粉、煮干し、乾燥たばこ葉、セルロース粉末A、セルロース粉末B、シリカゲル粉、空。縦軸は1雌あたりの産卵数。

コーヒーメタノール抽出物のタバコシバンムシに対する産卵刺激活性

図3 コーヒーメタノール抽出物のタバコシバンムシに対する産卵刺激活性 0.1 g、1 gはそれぞれ焙煎コーヒー豆0.1 gおよび1 g分の抽出物を塗布したろ紙に対する産卵数を示す。Controlは抽出物を含まないろ紙。

害虫の物理的制御による防除技術の開発

(1) LED光を利用した害虫の制御

現行の害虫防除は主に殺虫剤散布に頼っているが、安全性や環境への負荷の問題から殺虫剤に代わる防除技術の開発が求められている。LEDは省エネ、長寿命光源として様々な場面での利用が期待され、農業分野では作物の生育制御や品質・収量の改善、害虫の行動制御などへの応用を目的に研究されている。光による昆虫の行動制御の研究は古くから行われており、誘引捕殺やモニタリング、低誘引照明、夜間照明による夜行性害虫の活動抑制などに利用されている。しかし、最近、開発され普及してきたLED光に関しては、まだ利用技術の確立が途上の状態である。LEDは日本が得意とする技術であり、今まさに、新たな改良、開発も進行中の照明である。この照明技術を上手く利用することで、これまでの光源と同様に害虫の様々な行動を制御することができれば、環境への負荷が少なく、省エネ型の新しい防除技術を開発できる。本課題ではLEDを利用してハモグリバエ(図1)などの重要害虫の行動を制御するための研究を行っている。

アシグロハモグリバエ

図1 アシグロハモグリバエ

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