アブラナ科野菜の自己認識能力をモデル植物シロイヌナズナに付与 –自家不和合性遺伝子の個性解明が加速

 ハクサイ、キャベツ、ダイコンなどのアブラナ科野菜(それぞれBrassica rapa, Brassica oleracea, Raphanus sativus)は、日本の食卓を彩る重要な野菜です。アブラナ科野菜の一部には、自己の花粉が受粉しても種子ができず、他者の花粉が受粉した時のみに花粉が機能して種子ができる自家不和合性とよばれる機構をもちます。自家不和合性は植物があたかも自己と他者を識別しているかのような興味深い現象であり、科学的興味から研究されています。また、アブラナ科野菜の自家不和合性は一代雑種品種の育種や採種に利用されている重要な農業形質でもあります。
 長年の研究から、アブラナ科植物の自家不和合性遺伝子(S遺伝子)として柱頭因子、S-locus receptor kinaseSRK)が、花粉因子としてS-locus cysteine-rich protein/S-locus protein 11SCR/SP11、以下SCR)が明らかになっています。SRKSCRはゲノム上の近接した領域に座乗しているため、セットとして次世代へと遺伝します。このセットはSハプロタイプとよばれており、SRKは同じSハプロタイプのSCRとのみ相互作用し、自家不和合性反応を引き起こします。
 アブラナ科でモデル植物と知られているシロイヌナズナはS遺伝子に変異があるため、自家不和合性ではありませんが、シロイヌナズナ近縁種のS遺伝子を導入することで自家不和合性となることが報告されています。しかし、遠縁(約4,000万年前に共通祖先種から分岐したと考えられている)のアブラナ科野菜(B. rapa種など)のS遺伝子をシロイヌナズナに導入しても、シロイヌナズナは自家不和合性とはなりませんでした。

 植物遺伝育種学分野の山本雅也助教らは、B. rapa種をモデルに、この種のS遺伝子を改変することで、世界で初めて、シロイヌナズナにアブラナ科野菜の自己認識機構を付与することに成功しました。ポイントは、B. rapa SRKのキナーゼドメインをシロイヌナズナ近縁種であるArabidopsis lyrataのものに置換した改変型B. rapa SRKとB. rapa SCRをシロイヌナズナで発現させることでした(参考図)。

 これまでアブラナ科野菜のS遺伝子を対象に自己認識機構に関わる重要な生化学的知見や構造生物学的知見が得られていましたが、アブラナ科野菜は形質転換の難しさなどからin plantaでの証明に多大な時間と労力を伴っていました。本研究で構築した手法は上記の課題を解決し、研究のスピードを加速させることが期待されます。例えば、本研究においても、B. rapa SRK-SCR複合体の立体構造から予測されていた相互作用アミノ酸残基(Ma et al. 2016)が実際に自家不和合性反応に必須であることを証明しました。

 各アブラナ科野菜種では、それぞれ40~50程度のSハプロタイプが見つかっています。今後、本研究成果を利用することで、それぞれのSハプロタイプの自家不和合性の程度や環境ストレスへの耐性などの個性(特徴)の解析が進み、植物育種学に大きく貢献することが期待されます。

 本研究では、植物遺伝育種学分野 Tohoku Univ. Brassica Seed Bankでこれまで収集・管理されてきたB. rapa S遺伝子系統を活用いたしました。本研究成果は、2022年5月13日に国際学術誌「The Plant Journal」のホームページで公開されました。

【参考図】

 

【掲載論文情報】
タイトル:Generation of Arabidopsis thaliana transformants showing the self-recognition activity of Brassica rapa.
著者:Yamamoto, M., Kitashiba H., Nishio, T.
雑誌名:The Plant Journal
Article DOI: 10.1111/tpj.15811

【問い合わせ先】
山本雅也
東北大学大学院農学研究科植物遺伝育種学分野 助教
e-mail: masaya.yamamoto.d3*tohoku.ac.jp *を@に変更してください。

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この研究は以下のSDGsの達成に資するものです。

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