外来種だけじゃない!駆除に対する生き物順位

【本学研究者情報】
〇大学院農学研究科環境経済学 准教授 井元智子

【発表のポイント】
・人間の居住地域に野生生物が頻出している現在、野生生物の管理は重要であり、駆除は一般的だが反対意見も多い管理方法です。
・どのような生き物に対して、どのような人々が、駆除という管理方法に賛成・反対なのかを探索しました。
・これまで外来種の駆除に賛成が多いと言われていたが、在来種・外来種の区別だけでなく、哺乳類・鳥類・魚類、さらには植物を加えた生物に対する一般市民の選好を明らかにしました。
・本成果は駆除および野生生物管理に対する社会の合意形成において、必要な情報は何で、誰に届ければ良いのかを示すことができると期待されます。

【概要】
住宅地にクマが出没したり、農作物がイノシシから被害を受けたりと、人と野生生物の軋轢は深刻な問題です。駆除は解決方法の一つですが、致死的管理に対する反対意見も存在します。しかしながら、生き物の違いによる賛成・反対の分布、どのような人々が賛成・反対なのかについては明らかにされていません。
東北大学大学院農学研究科の井元智子准教授の研究グループは、10種の生き物を対象に駆除に対する人々の意見が多様であることを明らかにしました。性別や年齢、生態系への影響を重視するか、農作物への被害を重視するか等の考え方によって、これらの多様性が似通った人々の特徴を説明することに成功しました。
本成果により、駆除に対する社会の合意形成に対し、必要な情報を提示することが可能となります。
本研究成果は7月7日、自然環境の管理に関する専門誌Journal of Environmental Managementに掲載されました。

【詳細な説明】
研究のイメージ

研究の背景
日本においては、耕作放棄地の増加や人間の自然に対する圧力の低下により、野生生物の個体数は増加傾向にあります。野生生物の増加と生息地の拡大に伴い、人間と野生生物の軋轢が深刻な問題になっています。また、意図的・非意図的な外来種の侵入により、在来種が絶滅に危機に晒されたり、新たな病気による人間の健康被害や産業が影響を受けたりしていることが指摘されています。この問題を解決するためには、野生生物を管理する必要があります。野生生物の管理方法として、駆除は一つの有効な方法です。
しかしながら「野生生物を殺す」という特性上、一般市民に受け入れられがたい部分もあり、可哀想だから殺さないで欲しいという意見も存在しています。また都市化が進むにつれ、野生生物を実際に見たことがあり被害の経験がある人々とそうではない人々や、興味関心があり生物に対して知識がある人々とない人々のように、人々の経験や関心に違いが生じてきたことが想定されます。
そこで研究グループは、野生生物管理に対する社会的な合意形成を進めるために、一般市民の野生生物の駆除に対する選好や意識を明らかにすることが重要であると考えました。これまでは、外来種や特定の生物種に対する駆除を対象として研究が行われてきました。また、動物だけでなく植物も比較対象とし、人との種の近さによる影響を検討した研究は筆者らの知る限り存在しません。よって、本研究で設定した問いは下記の5つです。

  1. 多様な生物種に対する人々の駆除に対する選好はどのような結果か
  2. 動物において、人に近いサルは駆除して欲しくないと捉えるなど、種の近さは影響がある結果となるか
  3. 動物と植物の駆除して欲しい順位はどのようになるか
  4. 外来種と在来種はどのように位置するか
  5. 上記の順位に人々の違いは影響するか

方法と結果
本研究では1000人の回答者からWebアンケート調査によってデータを得ました。本州居住者を対象とし、地域の偏りが出ないように回答を依頼しました。駆除の対象とした生き物は、哺乳類(ツキノワグマ、イノシシ、サル、アライグマ)・鳥類(カラス、インコ)・魚類(ブラックバス、コイ)、さらに植物(クズ、セイタカアワダチソウ)の4分類において、それぞれ外来種と在来種を含む生き物を合計10種設定しました。
大型の野生生物として、ツキノワグマを対象としました。北海道はツキノワグマではなくヒグマが生息しているので除外し、ツキノワグマが存在しないとされている四国及び九州は除外しました。
アンケートにはベスト・ワースト・スケーリングという手法を適用し、駆除に対する人々の選好を明らかにしました。ベスト・ワースト・スケーリングとは提示された選択肢の中から、最も好ましいものと好ましくないものを一つずつ選ぶという作業を繰り返させることで、選択肢の順位付けが可能となる手法であり、回答者の負担が少ないメリットがあるため、近年環境経済学において注目されています。
研究グループは当初、動物と比べ、植物の方が駆除に賛成が多いのではないか、人に近い種であるサルに対して駆除に反対が多いのではないかと予想していましたが、結果は異なるものでした。回答者全体の結果では、最も駆除して欲しいのは外来種であるブラックバス、最も駆除して欲しくないのはコイでした(図1)。
また、カラスに代表されるように、被害の経験がある生き物に対しては、駆除に賛成が多くなる傾向が示されました。

図1. 駆除に対する人々の順位付け。哺乳類はオレンジ、鳥類は赤、魚類は緑、植物は黄緑で示されている。*は外来種を示す。

より詳細な傾向を探索するため、駆除に対する選好データをクラスター分析した結果、5つのグループに分かれました(図2)。各グループの個人属性、価値観により、グループの特徴を考察しました。女性が多いグループ2はブラックバスの次に植物を駆除してほしい生き物として順位づけしていることに特徴があります。ツキノワグマが駆除して欲しい1位となったグループ3は哺乳類に対して駆除への賛成が多く、女性と若い人が多いことが示されました。一方で、年上の男性が多いグループ5は、外来種をより駆除してほしいとしています。
また駆除の選好と人々の価値観については、人間への被害と公衆衛生への被害を重視する人は哺乳類をより駆除してほしいと考えており、自然環境と生態系を重視する人は外来種をより駆除してほしい、農林水産業への被害を重視する人は大型哺乳類を駆除してほしい・鳥類を駆除してほしくないと考えていることが明らかになりました。

図2.  駆除に対する順位付けで分類された5グループにおける野生生物の順位 哺乳類はオレンジ、鳥類は赤、魚類は緑、植物は黄緑で示されている。 *は外来種を示す。回答者は合計1000人。

今後の展開
 本研究の結果を用いて、これからのより望ましい野生生物管理のあり方に助言が可能となりました。本研究で明らかにしたとおり、野生生物の駆除に対する選好は多様であり、単に外来種や生物種で分類するだけでは社会的な混乱を生じやすいと思われます。5つのグループに示すように、どのような人々がどのような生き物に対して駆除の賛成・反対なのかが明らかになりました。この結果により、駆除の社会的合意形成のため、それぞれに必要な情報を誰に届ければ良いのか、明確に判断できます。別の観点から、この件を考察すると、合意形成におけるコスト低減を達成する要因となり得ます。今後は、人々の倫理観や可愛いといった感情がどのように影響を及ぼすのかについて、明らかにする研究を計画しています。

【謝辞】
本研究はJST the establishment of university fellowships toward the creation of science technology innovation (課題番号 JPMJFS2102)、JSPS KAKENHI (課題番号 JP21K18128)の支援により行われました。

【論文情報】
タイトル:Public tolerance of lethal wildlife management in Japan:A best–worst scaling questionnaire analysis
著者:殷子鈞、神邑優輔、井元智子*
*責任著者:東北大学農学研究科・環境経済学分野 准教授・井元智子
掲載誌:Journal of Environmental Management

また、英語版については下記に記載ございます。
For the English version, please see below.
http://www.tohoku.ac.jp/en/press/surveying_public_tolerance_of_lethal_wildlife_management_in_japan.html