ハブ毒から得た酵素によりアミロイド β を分解 ~アルツハイマー病治療法開発への貢献に期待~
【本学研究者情報】
〇大学院農学研究科
准教授 二井 勇人
教授 小川 智久
【発表のポイント】
・ハブ(Protobothrops flavoviridis)の粗毒から、金属イオンアフィニティー法(注1)を用いて蛇毒メタロプロテアーゼ(SVMPs)(注2)を精製しました。
・SVMPsは、アミロイドβ(Aβ)(注3)を無害なペプチド断片へと分解し、ヒト培養細胞からのAβ産生量を大幅に減少させることを発見しました。
・ハブが独自に進化させたアミロイドβ分解プロテアーゼであるSVMPsを用いたアルツハイマー病治療法(注4)の開発に結びつくことが期待されます。
【概要】
ハブが進化の過程で獲得した多様な毒成分の主要な成分は、蛇毒メタロプロテアーゼ(snake venom metalloproteinases, SVMPs)というタンパク質分解酵素です。SVMPsは、ヒトに存在するADAMs (a disintegrin and metalloproteinases)ファミリータンパク質と共通の祖先に由来します。
東北大学大学院農学研究科の二井勇人准教授と小川智久教授のグループは、ADAMsがアルツハイマー病の原因となるアミロイドβ(Aβ)の生成を抑制するプロテアーゼとして知られていることから、SVMPsの医療応用の可能性を探りました。
本研究グループは東北大学学際科学フロンティア研究所佐藤伸一助教、東京大学大学院薬学研究科富田泰輔教授との共同研究により、SVMPsがヒト細胞からのAβ生産を大幅に減少させることを明らかにし、有毒なAβを短いペプチド(p3)に変換する切断部位を特定しました。さらに、試験管内でAβのアミロイド線維を生成させる実験から、SVMPsはアミロイド線維を分解しないものの、アミロイド線維の生成を抑制することも明らかにしました。今後の研究によって、Aβ分解プロテアーゼを用いた治療法の開発に役立つことが期待されます。
本研究成果は、日本時間2023年8月12日に科学雑誌Toxinsに掲載されました。
図 1.
(a)牙からたれるハブ( flavoviridis)の毒液(Shibata et al., Sci. Rep. 2018, 8, 11300.)。
(b)ヒトのADAMsファミリータンパク質と、ハブSVMPsのタンパク質構造の模式図。それぞれ、メタロプロテアーゼ(M),ディスインテグリン(D),システインリッチ(C),上皮細胞成長因子(E)のドメインから構成されます。ADAMsは、膜貫通領域を持つ膜タンパク質なのですが、SVMPは分泌される可溶性タンパク質という違いがあります。
(c)アミロイド前駆体タンパク質(APP)の分解経路とSVMPの作用点:APPは細胞体領域を切断するADAMsやBACE1と、切断後の断片をさらに切断するγセクレターゼによって2段階に切断され、バラバラに分解されます。それぞれの切断部位は、歴史的に、α、β、γ部位と呼ばれます。最初のプロテアーゼの違いで、アミロイド Aβを作り出すアミロイド生成経路と無害なペプチド p3を作り出す非アミロイド生成経路の二つの分解経路に分かれます。本研究では、ハブのSVMP がAβ をα 部位で分解することで、無毒なp3 ペプチドへ変換することが明らかになりました。((c,d)は、Futai et al., Toxins 2023, 15(8), 500.より改変。)
【用語解説】
注1 金属イオンアフィニティー法
タンパク質の精製に用いられる手法であり、金属イオンとタンパク質の相互作用を利用しています。本研究では、SVMPsの触媒中心にある金属イオンを利用して、SVMPsを金属アフィニティーゲルに捕捉させることで他の成分と分離しました。
注2 蛇毒メタロプロテアーゼ(SVMPs)
ヘビの毒液に含まれるタンパク質分解酵素で、メタロプロテアーゼ(金属プロテアーゼ)と呼ばれる酵素ファミリーに属します。特に、クサリヘビ科では、主要な毒成分であり、出血毒や炎症などを引き起こすことがあります。
注3 アミロイドβ
アルツハイマー病の原因となるタンパク質断片であり、アミロイド前駆体タンパク質が分解されるときに生じます。異常な折りたたみにより、本来の構造から変化してアミロイド構造となります。Aβはβシート構造に変化して折り重なり、強固なアミロイド線維となって脳に沈着し、神経細胞の機能異常や細胞死を引き起こすと考えられています。
注4 アルツハイマー病治療法
現在、日本でアルツハイマー病治療薬として承認されているのは、神経伝達の異常に働きかけるアセチルコリンエステラーゼ阻害剤とNMDA-受容体拮抗薬です。これらは認知症症状や行動異常の改善を目指す症状緩和薬です。根本的な治療を目指す薬剤として、抗Aβ抗体を用いた抗体薬(アデュカヌマブ、レカネマブ)が米国で承認されていますが、有効性や副作用、高額な治療費についての議論が残っています。
ハブ毒から得た酵素によりアミロイド β を分解 ~アルツハイマー病治療法開発への貢献に期待~ 大学院農学研究科二井勇人准教授と小川智久教授の研究成果は2023年8月12日に科学雑誌Toxinsに掲載されました。 https://t.co/n6I1uu9ALI pic.twitter.com/72L0XRg5Fz
— 東北大学大学院農学研究科 (@tu_agr_pr) September 1, 2023