放牧を中止した草地が森林に変化~人工衛星の観測画像による15年間の衛星画像を分析~

【本学研究者情報】
〇大学院農学研究科 
准教授 米澤 千夏

【発表のポイント】
・牛の放牧を中止した牧場の面積が、放牧中止後から2018年までに3割以上減少し、主に広葉樹に遷移したことを衛星画像の解析から地理空間上の分布とともに示しました。
・人間活動の変化が、植生にも影響を与えていることを示唆する成果です。植生の状態などの土地被覆の分布の変化を知ることは、生態系の空間的な分布の変化の評価に貢献します。
・異なる地上分解能の衛星データを解析し、同じ結果を得ました。今後も様々な衛星画像を活用した長期的なデータの分析が望まれます。

【概要】
 日本国内の草地は100年前と比べると減少しており、現在では国土の1%となっています。草地の維持は、そこに生息する様々な生物を守ることによって生物多様性を保つ上でも重要です。草地を管理するためには、その面積や地理的な広がりを知ることが必要になります。人間の活動の変化が自然植生におよぼす変化を調べ、地理空間情報として示すことには学術的な意義があります。
東北大学大学院農学研究科の米澤千夏准教授と大学院生の慕希叶(ムシエ)氏は、2007年から15年間にわたって、この間に放牧の中止があった東北大学内の牧場を、人工衛星によって観測した画像を解析しました。その結果、草地の面積は2007年から2011年にかけては大きな変化が見られませんでしたが、放牧の中止に伴い、2012年から2018年の間に森林に遷移することにより3割以上減少したことを明らかにしました。草地の減少は2014年以降急速に進みましたが、以降は緩やかになりました。実験のための放牧をしている草地では有意な面積の変化はみられませんでした。なお、無償で提供されている衛星画像の解析でも、有償である高分解能衛星画像と同じ結果が得られました。
本研究は人間活動の変化が自然界に影響を与えている具体的な事例です。植生を含めた土地被覆分布の変化を知ることは、生態系の空間的な分布の変化の評価に貢献します。また、今後の草地管理のためにも重要な情報となります。
 成果は11月18日、スイスの科学雑誌Remote Sensingに掲載されました。

【詳細な説明】
研究の背景
東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故後から現在まで、東北大学の牧場(注1は、牛の放牧を中止しています。この牧場は森林に囲まれた草原であり、2007年時点での面積はおよそ66haでした。
日本は温暖湿潤気候であり森林の生育に適した環境であるため、人間の介入がないと草地は森林に遷移します。日本国内の草地は100年前と比べると減少しており、現在では国土の1%となっています。草地の維持は、草地に生息する様々な生物を守ることによって生物多様性を保つ上でも重要です。その面積の変化や、森林に遷移した場所を把握することは、維持管理のために必要な情報となります。

今回の取り組み
 2012年から2022年にかけての地上分解能(注2が6m以下の高分解能衛星(注3画像8シーン、2017年から2022年にかけての同10mのSentinel-2衛星(注46シーン、2007年から2022年にかけての同30mのLandsat衛星(注516シーンを解析しました。いずれもマルチスペクトル画像(注6です。それぞれの画像を最尤法(注7によって、土地被覆を草地、針葉樹、広葉樹に分類しました。
その結果、2011年の放牧自粛以降、牧場内における草地面積は高分解能衛星画像の解析では36%、Landsat衛星画像の解析では牧場内における草地面積の35%減少し、主に広葉樹林に遷移していることが示されました(図1(a))。この結果は統計的に有意(注8でした。草地への樹木の侵入はおもに辺縁部からはじまり、標高が低く、急な斜面をもつ東側の地域で顕著でした。
草地の減少は2014年以降急速に進みましたが、以降は緩やかになり2018年から2022年にかけては微増しています。実験のための放牧をしている草地では、有意な面積の変化はみられませんでした(図2)。

今後の展開
 今回の研究結果は、人間活動の変化によって、草地の植生が変化することを明示しました。震災および原発事故の植生に対する影響については長期間にわたるデータを評価する必要があります。研究グループは人工衛星による観測画像の解析を継続する予定です。

図1. 放牧を中止した牧場の面積の変化図(a)と特徴的な場所の衛星画像(b)(c)(d)。

図2. 放牧を中止した牧場と、実験のための放牧をしている牧地の面積の推移。(a)高分解能衛星画像の解析、(b)Landsat衛星画像の解析、(c)Sentinel-2衛星画像の解析による結果を示す。

【謝辞】
本研究は宮城県と東北大学大学院農学研究科による事業「地球共生型新有機性資源循環システムの構築」、国立研究開発法人 科学技術振興機構による次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2114)の支援により行われました。
【用語説明】
注1.東北大学内の牧場
大学院農学研究科附属複合生態フィールド教育研究センター複合陸域生産システム部(旧附属農場:大崎市鳴子温泉)の六角牧場。
注2.地上分解能
人工衛星による観測画像の1画素が対応する地上距離を指す。
注3.高分解能衛星
地上分解能が相対的に高い画像を観測できる衛星。本研究では地上分解能6m以下を高分解とし、複数の衛星で撮像された画像を使用した。
注4.Sentinel-2衛星
ヨーロッパ宇宙機関(ESA)による地球観測衛星。観測画像は無償でダウンロードできる。
注5.Landsat衛星
アメリカ合衆国による地球観測衛星。シリーズとして継続して打ち上げられている。観測画像は無償でダウンロードできる。本研究では5号、7号、8号によって観測された画像を使用した。
注6.マルチスペクトル画像
複数の電磁波の波長帯を観測するセンサによる画像。赤、緑、などの可視光の波長帯のほか、近赤外領域などの波長帯も観測に用いる。
注7.最尤法による画像分類
マルチスペクトル画像の分類で一般的に用いられる手法のひとつ。画像から教師とする参照データを選択し、草地、広葉樹などの各分類カテゴリーごとの画素値の分布を多次元の正規分布に従うと仮定してモデルを作成する。画像上のすべての画素に対して、モデルをもとに最も確率が高い分類カテゴリーをわりあてる。 
注8.統計的に有意
時系列データの傾向の有無を調べる方法としてしばしば用いられている、Mann-Kendall検定で有意差を調べ、Theil-Sen’s slopeで増減傾向を調べた。Mann-Kendall検定では得られるP値の大きさによって傾向の有無を示す。Theil-Sen’s slopeでは、対象とするデータから得られるすべての組み合わせの傾きを計算し、その中央値から傾向を推定する。

【論文情報】
タイトル:Multi-temporal and Multiscale Satellite Remote Sensing Imagery Analysis for Detecting Pasture Area Changes After Grazing Cessation Due to the Fukushima Daiichi Nuclear Disaster
著者: Muxiye Muxiye and Chinatsu YONEZAWA*
*責任著者:東北大学大学院農学研究科 准教授 米澤千夏
掲載誌:Remote Sensing

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