第4回有機米生産システム国際シンポジウムステートメント
〇世界の潮流に乗って
アジア、欧米の国々において、稲作が置かれた自然生態的な環境や社会経済的な背景は多様である。しかしながら、世界における稲作は穀物生産のみなならず、洪水調節機能や土壌保全機能、湿地保護、水の浄化や生態系保全などの複数の生態系サービスを担っており、農地に施される資材は流域環境に直接的に影響を与える。この中で、我が国の「みどりの食料システム戦略」や EU の「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」をはじめ、多くの国で有機農業振興の政策目標が打ち出されているとともに、持続可能な食料システムに向けた総合的なアプローチが世界的な潮流となっている。そこで具体的に示された農薬や化学肥料の使用削減や有機農業栽培面積割合の目標値は野心的なものであれ、農業界に限らず国民的に希求すべき取り組みである。このためには、生産者の努力や勇気だけでなく、消費者の行動や公的な支援が不可欠である。日本の有機栽培面積の飛躍的な拡大を目指すには、耕地面積の過半を占める水田における取組の向上は欠かせない。
海外からの報告ではいずれも有機栽培水田面積が顕著に伸びていることが示された。本シンポジウムの開催が研究者、生産者、消費者などによる国際的な連携を構築する機会となることを期待したい。
〇ホリスティック・マネジメント
東アジアでは移植栽培が特徴であるのに対して、世界では直播栽培が一般だが、湛水と落水、水深の管理を通じて健康で強靭な稲の群落を育成するのは共通する。そして、有機稲作ではとりわけ抑草・除草が、世界の多様な有機稲作を通して見られた共通の課題である。そしてこれらをめぐって、圃場の生態学的な健全性を高めるさまざまなベストプラクティスが世界中で展開している。有機米生産はさまざまな経済条件や生産環境のもとで、生産者が試行錯誤の上に到達する多様な要素技術の組み合わせが織りなすシステムであり、圃場の生態系のホリスティック・マネジメント(holistic management)である。圃場や圃場環境の状態を常々把握し、抑草や肥培管理の戦略を練り、圃場や圃場環境の個性に合わせて年々の気象の変化に応じて対策する。多様な生命の働きを生かす有機稲作は労働集約的であるとともに、知識集約型の農業モデルの典型である。
〇場-依存の知識の獲得
そこで求められるのは、緑の革命における技術普及の成功例に見るような試験研究施設で開発された技術や知の普及ではなく、場に依存した知識(situated knowledges)をどのように獲得するか、その獲得の仕方の支援である。研究と実践が融合した参加型研究やリビングラボなど、多様なコミュニケーションやネットワークを通して、生産者も研究者も種々のステークホルダーもともに成長する仕組みが求められよう。農業の IT 化は有機稲作の発展に大きく貢献することが期待されるが、一般に IT 化がもたらす農業の自動化、画一化とは異なり、有機稲作では複雑で多様な圃場生態系をよりよく理解し向き合う手段となっていくであろう。
〇ワン・ヘルス(One health)と有機米生産システム・
有機食品と非有機食品の消費量の調査や健康や環境への影響に関するコホート研究から、有機食品の定期的な摂取が生活習慣病のリスクを低減するとともに、食を通じた環境負荷を軽減することが明らかにされた。こうした人の健康をはじめ、地域資源循環を可能にする耕畜連携や有畜複合経営の展開を通した家畜と土の健康、ひいては水田生態系の健康を同時追及する有機水稲を基盤としたワン・ヘルスを展望できる。農業と地域の関係は極めて密接である。しかし、農業生産と生態系、人の健康の共通項を探り各国の取り組みや解決策を比較検討することで、ローカルな問題解決はグローバルな課題への取り組みにつながる。
〇有機稲作のスケーラビリティ(Scalability)を考える
有機米生産システムの拡大には行政主導のトップダウン型のプロセスではなく、地域に根差した横の連携によるボトムアップ型のアプローチを拡張するプロセスが望ましい。それは新規開発技術の装填により生産システムのバージョンアップを通したアップスケーリングによる拡張ではなく、圃場や地域の固有性の上に成り立つひとつひとつの生産システムが水平方向に拡大、展開するアウトスケーリングによる有機稲作の拡張である。フランスのカマルグ地方、カリフォルニア州のセントラルバレー、イタリアのポー川流域、インドのケララ州やインドネシアの潮汐湿地など、有機稲作圃場が豊かな生物多様性を育む湿地帯を保全することを知った。日本でも数ヘクタールから数十ヘクタールの有機稲作を実践する家族経営が現れる中で、いずれ数百ヘクタール規模の有機圃場の広大な団地が形成されたとき、豊かな生物と共生できる広大な水田-湿地生態系を生み出せる。いまある学際的な科学知と現場の実践知を動員し、生産技術や経営環境における目前の課題を一つずつ乗り越えつつ、将来の有機稲作圃場の姿を創造すべきである。
生産者どうしの交流を通して技術や知識を醸成するネットワーク形成への支援、有機栽培に適した参加型の品種探索や開発への支援、そして、圃場や周辺環境、有機米の品質特性、人の健康や消費のあり方まで、有機米生産システムをめぐる複雑で分野横断的な課題に関する農学、生態学、社会科学、医学等による学際研究への支援を求めたい。
第4回有機米生産システム国際シンポジウム科学委員会
2023年9月4日(月)ー9月7日(木)開催
場所: 東北大学大学院農学研究科
(青葉山コモンズ)