過酸化脂質

 私たちの身体を構成する脂質が何らかの原因で酸化され、過酸化脂質が生じると、病気の要因になると考えられています。そのため、身体の中でどのような酸化反応(炎症や光曝露、薬物代謝など)が進んでいるのかを知ることは重要です。私たちの研究室では、ヒトの血液や動物組織の過酸化脂質の構造を質量分析を用いて詳細に解析することで、酸化反応の種類を見極めようとしています。つまり、酸化反応の種類に応じた適切な抗酸化物質を選択することで、効果的に酸化を抑制できると考え、この証明に向けて動物実験を進めています。現在、病気予防を目的に、様々な抗酸化食品が出ていますが、私たちの研究が進むことで、作用メカニズムが明確な確固たる抗酸化食品の創成に繋がると期待されます。

 

糖化脂質・メイラード反応

 メイラード反応は食品の色や香りなどに関わる重要な反応で(例えば、味噌や醤油、クッキー、コーヒーの色、味、香りなど)、従来はタンパク質と糖質などの親水性分子同士の反応として研究されてきました。 一方、私たちの研究室では、脂質(ホスファチジルエタノールアミン; PE)と糖質の間でもメイラード反応が起き、糖化脂質(アマドリPE)を生じることを見出しました。アマドリPEの食品中での含量は不明な点が多いため、これを明らかにすべく、質量分析機器を用いた研究を進めています。食品に含まれるアマドリPEが栄養価や物性に及ぼす影響についても考察していく予定です。また、メイラード反応は、食品だけでなく、私たちのからだの中でも起こりうる反応なので、生体中での脂質メイラード反応の意義についても研究をしています。

 

粉末油脂

 私たちが普段摂取している魚油にはドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)が豊富に含まれ、コレステロール低下や抗血栓、抗炎症などの様々な作用が知られています。しかし、高度不飽和脂肪酸であるDHAやEPAは酸化されやすく、体への影響が懸念される過酸化脂質へと変換されるため、酸化の防止が重要な課題となります。私たちの研究室では、魚油をゼラチンや乳化剤などを用いて粉末化する(魚油をゼラチンでコーティングする)ことで、通常の液体の魚油と比べて、酸化されにくい粉末魚油の調製に成功しました。実際に、粉末魚油をパンなどの加工食品へ応用し、酸化安定性や嗜好性、生体内への吸収に関する評価も進めています。こうした研究の進展により、パンなどの身近な食品から、より手軽にDHAやEPAを効率よく摂取できるようになると期待されます。

 

プラズマローゲン

 プラズマローゲンは、脳神経系や血液中に多く存在しているリン脂質のひとつです。加齢やアルツハイマー病者の血中や脳でプラズマローゲンが減少することが知られているものの、その詳細な理由についてはまだよくわかっていません。私たちの研究室では、プラズマローゲンの生体内での機能を明らかにするため、質量分析を用いた高感度で特異的な分析法を構築しました。現在はこの分析法を用いて、神経系での役割、消化吸収、食品由来のプラズマローゲン供給源の探索を行なっています。今後はさらに、プラズマローゲンの機能の解明や病気との関わりを解明していきたいと考えています。

 

ビタミンE

 ビタミンE(トコフェロール)は脂溶性ビタミンの一種で、抗酸化作用を有する代表的な化合物です。私たちの身体の中では生体膜に存在し、膜脂質の酸化を防いでいます。また、食品に添加され、酸化を保護しています。私たちの研究室では、過酸化脂質によって誘導される細胞死が、ビタミンEにより保護されることを見出し、現在、細胞試験や動物実験を行い、このメカニズムの解明を目指しています。また、もうひとつのビタミンEであるトコトリエノールの健康機能の解析や製造に関する研究も進めています。これらの研究は酸化ストレスが関わる疾患の予防や、食品の品質維持・向上に繋がると期待されます。

 

γ-オリザノール

 γ-オリザノールは、植物ステロールやトリテルぺンアルコールのフェルラ酸エステルの総称で、天然では米の糠や胚芽に特徴的に含まれています。γ-オリザノールは、抗酸化や血中脂質濃度の低下、抗炎症などの作用をもつことが知られており、食品由来の機能性成分として注目されています。しかし、その作用メカニズムや吸収・代謝に関する詳細な知見はありません。そこで私たちの研究室では、γ-オリザノールを高含有するこめ油をマウスに長期投与し、質量分析を用いて血漿中や組織中に含まれるγ-オリザノールを測定して、体内動態の解明をめざすとともに、生理作用発現との関係を明らかにしようとしています。

 

カロテノイド

 カロテノイドは、野菜や果実などに含まれる黄色や赤色の成分の総称で、私たちの体の大切な構成分のひとつです。これまでに私たちの研究室では、アルツハイマー病患者の赤血球膜ではカロテノイドが減少し、逆に過酸化脂質は増加していることを明らかにしました。また、カロテノイドを摂取すると、血中のカロテノイド量が高まり、過酸化脂質が減少することも見出しています。したがって、カロテノイドは体内で抗酸化に深く関わっていると考えられますが、そのメカニズム(どこで、どのように抗酸化作用を発揮しているのか)は解明されていません。カロテノイドは抗酸化作用を発揮すると種々の酸化物に変換されると考えられるため、私たちはこうした酸化物の構造を質量分析等で解析することで、カロテノイドの抗酸化作用メカニズムの解明を目指しています。

 

クルクミノイド

 クルクミノイドはウコンに多く含まれる黄色の脂溶性ポリフェノールです。中でもクルクミンは、様々なin vitro試験が行われ、脂質代謝改善や抗腫瘍、抗酸化などの有益な作用が報告されています。但し、クルクミンの動物やヒトへの吸収性は決して高くはなく、このためクルクミンの作用を効果的に享受できているとは言いがたい面があります。そこで私たちの研究室では、クルクミンを“ナノ粒子”や“リポソーム”に内包させることで、生体への吸収量を上げる試みを行っています。例えば、クルクミン内包ナノ粒子を調製し、細胞や動物に与え、クルクミンの吸収を調べるとともに、体内動態の解明も進めています。こうした研究の推進により、クルクミンの有用な作用を生体内でより効果的に発揮できるようになり、新たな機能性食品の開発につながると期待されます。

 

ポリフェノール;ルテオリン

 ルテオリンはパプリカやシソ、エゴマなどに含まれるフラボノイドの一種で、抗炎症や抗酸化、抗癌などの作用が報告されています。しかし、食品中にルテオリンは様々な形(種々のグルコシドやアグリコン)で存在しており、これらの吸収代謝・生理作用の違いはよくわかっていません。これまでに私たちは、ラットにルテオリングルコシドやルテオリンアグリコンを与えると、いずれも体内で代謝物(ルテオリングルグロニド)に変換され、この代謝物は抗炎症活性を保持していることを培養細胞試験で見出してきました。現在は、ヒトでも同様であるかを中心に研究を進めています。こうしたエビデンスを積み重ねることにより、ルテオリンの機能性の担保に結びつくと期待されます。

 

アザ糖

 “アザ”には、「炭素原子の代わりに窒素原子がついた」という意味があります。その名の通りアザ糖とは、グルコースなどの糖の酸素原子が窒素原子に置換された構造を持ちます。アザ糖には糖の分解を阻害して吸収を抑える働きが知られています。糖の吸収を穏やかにすることは、糖尿病の予防・改善に結びつくと期待されています。私たちは、アザ糖の中でも特に活性が強いDNJ(1-デオキシノジリマイシン)に着目し、ある微生物を用いてDNJを高生産させ、その機能性(動物や細胞を用いた糖の吸収抑制など)の評価を進めています。