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2009年5月22日

「土のけしき・土のふしぎ」の展示詳細

2009年4月5日に終了いたしました企画展「土のけしき・土のふしぎ」の展示詳細が東北大学総合学術博物館の過去の企画展ホームページに掲載されました。

企画展の展示パネルの大部分をみることができますので,当サイトの展示解説とあわせてご覧下さい。

2009年3月18日

「土のけしき・土のふしぎ」の展示解説

「土のけしき・土のふしぎ」の展示解説企画展「土のけしき・土のふしぎ」の展示は以下のような構成になっております(項目をクリックすると詳しい説明のページが表示されます)。
  1. はじめに
  2. いろいろな土
  3. 世界の土・日本の土
  4. 環境によって変わる土
  5. 宇宙から土を調べる
  6. 植物を育む土
  7. 土をかえる生物
  8. おわりに
会場(仙台市科学館3階エントランスホール)では写真のような冊子体の「展示解説」(A4版,カラー印刷,16ページ)が無料で配布されております。会場に足をお運びになり,実際に手にとってお確かめ下さい。

企画展解説 <1. はじめに>

 土は私たちの足もとにいつもあります。見なれているせいか、私たちは土の中のことはふだんあまり気にしてい ないかもしれません。しかし、土はさまざまな植物や動物が生きている場所です。そして、私たち人間の活動と食料や繊維・木材生産の場でもある大切な存在です。

 地球という大きなスケールで見るなら、土は陸地の表面を薄くおおう地球の“皮ふ”のようなものです。使い方を誤ると引っかき傷をおわせてしまいますが、うまく使えば自然の物質循環の恵みをながくうけることができます。

 この企画展では、このような土のすがたを、環境条件、宇宙からの観察、植物生育、動物--微生物活動との関係を通じてご紹介します。これらの多くは東北大学の研究・実習などで使った事例です。私たちの食と環境に深くかかわる土のふしぎをご覧いただき、永続性のある豊かな土の環境をどのように作りあげ維持したらよいか、土の特徴を見ながら考えていただければ幸いです。

2009年3月
東北大学大学院農学研究科
東北大学総合学術博物館
仙台市科学館

企画展解説 <2. いろいろな土>

 土のちがいを簡単に示すのはその色です。国内にもさまざまな土がありますが、世界の土はさらに多様です。土の名前には土の色の特徴を示す語もよく使われています。

 写真1をご覧ください。これはいろいろな土の断面写真で、色の異なるものを集めました。黒、灰、青、黄、赤、茶色などの土があります。また、その色は土の深さによっても変わります。

 まず左端は黒い土です。この黒色は、おもに安定度の高い腐植酸によるもので、わが国ではこの土を黒ボク土(黒く、ホクホクとして柔らかい)とよんでいます。つぎに示した灰色の土は新しい火山灰が堆積したもので、雨が多く水はけの良いところにあれば、数百年後には茶~黒色の土に変わっていきます。あまりご覧になる機会はないかもしれませんが、青色を示す土もあります。これは水のたまりやすい場所や水田の下層にしばしばあります。青色は空気にふれると色あせて、灰色になります。つぎは黄色がかった土ですが、この色は針鉄鉱という結晶性鉄鉱物によります。鉱物ではありますが土の中でできたものは粉のように細かいものです。次の赤い土は強度に風化が進んだ土で、その赤色は赤鉄鉱という結晶性鉄鉱物によるものです。最後の茶色の土は国内に最も広く分布する褐色森林土です。茶色はあまり結晶化していない鉄の酸化物や腐植の色を反映しています。

 このような多様な土のなかから身近な東北地方の土をご覧いただきます。世界の多様に発達した土から見れば、東北地方の土は変化のしかたが小さめです。しかし、土の材料が同じでも環境条件によってちがう性質を示します。これらの土における作物生産と施肥、そこにすむ生物の活動などの中から興味深いものを選択しました。さまざまな土の状況をご覧いただき、豊かな土の環境を永く保つにはどうしたらよいか、土の特徴を見ながら考えていただければ幸いです。
写真1:色の異なる土の例

企画展解説 <3. 世界の土・日本の土>

 全体の見通しのために、ここで世界の土と日本の土を単純化して見ておきます。

 図1は米国の分類により世界の土を12種類に色分けして示した図です。この図の色分けは実際の土の色とは関係ありません。この土の分類では数多い性質の中から区分に有効な特徴をえらんで使っています。青色で示した土は永久凍土をもつ土で、おもに極付近やチベットにあります。ピンクで示した土は有機質でおもに沼地などの湿原にあります。うす紫色はおもに寒冷地の針葉樹林帯にあり、白っぽくなった漂白層の下に腐植・アルミニウム・鉄の集積した層をもつ土(ポドソルまたはスポドソル、後述)です。黒色はおもに火山灰を材料とする土で、写真1の黒ボク土に相当します。赤色は強度に風化の進んだ土で、写真1の赤色土に相当します。茶色は雨期に膨潤し、乾期に収縮する性質の強い土です。うす黄緑色は沙漠の土で、地球上に広く分布します。橙色は土に含まれる微細な鉱物(粘土)の移動・集積があり、酸性の土で、写真1の黄色土にはこれに近いものもあります。緑色は黒色で自然条件でも比較的肥沃な土です。水色は粘土の移動・集積がありますが、酸性化していない土です。黄緑色は下層が弱く風化した若い土です。クリーム色はその他の土で、一般には黄緑色で示した土よりさらに若く、土の特徴が未発達です。写真1の新しい火山灰もこれに相当します。

図1:世界の土壌分布図 クリックすると拡大

 わが国の土(図2)は世界の土にくらべると褐色森林土(「世界の土壌分布図」では黄緑色で示した土)が断然多く、つぎに黒ボク土(図1では黒色で示した土)、沖積土(図1ではこれも黄緑色または薄茶色で示した土に含まれ、写真1のグライ低地土もこの中に含まれます)が多くあります。

図2:日本の土壌資源図 クリックすると拡大

企画展解説 <4. 環境によって変わる土>

 土の材料が同じでも、その環境がちがうと土が変わるという例をモノリスで示しました。「モノリス」とは土の断面をなるべく現地にあるがままに採取し、展示・観察できるようにしたものです。

  1. 植生でちがう土 (a) --広葉樹林と針葉樹林--
  2. 植生でちがう土 (b) --森林植生と草原植生--
  3. 地形と水の影響によって変わる火山灰土の性質
  4. 斜面の位置による土の変化(斜面上部、中部、下部の比較:川渡ススキ草地)
  5. 水田の土の特徴

1. 植生でちがう土 (a) --広葉樹林と針葉樹林--

 土にたいする植物の影響が強い例(a)です。写真2をご覧ください。これらの土は下北半島の恐山周辺にあります。どちらもおもな土の材料は恐山から過去に噴出した火山灰です。しかし、土の上の植物は右が落葉広葉樹林(おもにブナ林)、左が針葉樹林(ヒバ林)とちがいます。この広葉樹林下では秋に葉が落ちますが、分解も速く、その落葉からできる腐植の層はあまり厚くなりません。その薄い腐植層の下には茶色の土層がつづきますが、これは結晶化の進んでいない鉄鉱物と茶色の腐植によります。茶色は下層に向かい徐々に薄くなるだけで、これ以上の土層の分化はほとんどありません。

 これに対して針葉樹林下では腐植の層が20cm以上にも厚く集積しています。その上で軽くジャンプすると体がはずむような感触があります。そして、この腐植の層とその下の無機質土層の間にやや白っぽくなった層ができています。漂白層とよびます。白っぽくなるのはその上の腐植層由来の有機酸により鉄やアルミニウムなどが溶けでるためです。そして、酸性になります。この有機酸はカビが作るとの説もあります。一般的なポドソルでは漂白層の発達がもっと強い傾向があります。
写真2:下北半島恐山周辺のモノリス

 これらの有機酸と鉄、アルミニウムの複合体は下層に移動するにつれてしだいに分解され、鉄は和水酸化物として、アルミニウムはケイ酸と結合してアロフェンやイモゴライト(前者は中空球状、後者は管状のケイ酸アルミニウム、写真4左下参照)として沈殿します。有機酸も分解重合によりしだいに高分子化し、一部は鉄、アルミニウムとの複合体のまま沈殿します。このようにして、漂白層の下にはこげ茶色~赤茶色の土層ができます。集積層とよびます。集積層は腐植の多い層と鉄酸化物やアロフェン・イモゴライトの多い層にわかれることもあります。このような土をポドソルまたはスポドソルとよびます。ヒバはポドソルを形成する性質の強い植物です。
図3:スポドソル(ポドゾル)の模式図

2. 植生でちがう土 (b) --森林植生と草原植生--

 土に対する植物の影響が強い例(b)です。森林の火山灰土と草地の火山灰土の間にもちがいがあります。これは十和田湖東部に分布する土の例です。十和田湖はカルデラ湖で過去1万年以内に数回大噴火しました。それらの火山灰が十和田湖東部に堆積しています。写真3にはこれらの噴火のうち、千年前の火山灰(To-a)と6千年前の火山灰(Ch)が重なって土になっている例をとり上げました。これらの2つの火山灰の上部には腐植がたまっていますが、それぞれの下部には腐植を含む量の少ない薄茶色の層があり、それらはどちらも似ています。しかし、両者の間で腐植の多い層の色がちがいます。ブナ林の腐植の多い層は上記の例のように茶色です。これに対して以前にススキを主とする草地であった所は腐植が黒色です。この関係はTo-a上部だけでなくChの上部でも同様です。これらの土の色に影響した植物のちがいは植物細胞に沈着したケイ酸体や花粉の分析からもわかります。
写真3:十和田カルデラ東部のモノリス

 火山灰土が黒くなる理由は長い間論議されてきました。わが国の湿潤気候下では植物群落は自然に森林となりますが、実際には草地が維持されてきました。ほとんどの研究者は、その原因が人為による火入れにあると考えています。ごく最近まで森林であったニュージーランドの火山灰土の多くは茶色です。

 黒い腐植ができることに関する仮説のひとつは、草の根の腐朽成分がアルミニウムと結合して黒い腐植になるという、植物体自体の性質が原因であるというものです。これに対して、土中に混入している微小~やや粗粒の炭、または植物体が炭になる過程において生成する物質が、黒色の原因物質であるとするのがもうひとつの仮説です。この多量の腐植には、やや他の土にくらべて割合は小さめですが、窒素も含まれます。ところが、実験で作った炭に窒素はほとんどないので、黒い腐植も炭以外の成分が主です。いずれにしても火山灰土に含まれる多量の腐植は火山灰の影響でアルミニウムとの複合体になっています。新しい植物体の影響が強い最表層を除けば、炭素とアルミニウムの原子比は約1:13です。したがって、多量の腐植がたまるにはアルミニウムが寄与しているようです。以上のように多量の黒色腐植は火入れ、草地の植物、火山灰の三者が関与する生成物ですが、その詳細をさらに明らかにするためには、自然と人間の土への関わりを読み解く努力が必要です。

3. 地形と水の影響によって変わる火山灰土の性質

 会津盆地の中南部には約5千年前に噴出した沼沢火山灰が堆積しています。その前の噴火は5万年前です。5千年前までの埋没表層とその上の沼沢火山灰層の境界は容易に区別できます。この沼沢火山灰が土になる過程で、水の関与の仕方が、できあがった土の性質に大きなちがいを与えました。

 会津盆地の中でも比較的高い位置にある漆原では茶色~黒色の火山灰土になっています。その生成物はアロフェン・イモゴライトを主とする通常の黒ボク土です(写真4左のモノリス)。ですが、このアロフェン・イモゴライトは原料である火山ガラスに比べて、化学組成が大きく異なります。火山ガラスの元素組成には幅がありますが、アルミニウムに比べてケイ酸が多量に含まれます。これに対してアロフェン・イモゴライトにはアルミニウムが多く含まれます。したがって、アロフェン・イモゴライトが生成する過程では多量のケイ酸が溶出します。この過程が進むには、雨が多く、しかも排水も良い、すなわち流水で火山灰が洗浄されるような過程が効果的です。
写真4:排水条件の異なる火山灰土のモノリス写真4+:粘土鉱物の透過型電子顕微鏡写真

 これに対して、水の量は常に大量にあってもその動きが遅ければ、ケイ素はあまり除去されません。したがって、火山ガラスは変化しにくく、しかもアロフェン・イモゴライト(写真4右下)よりケイ酸の多い粘土(ハロイサイト)が少量できるという経過をたどるようです。湯川の土(写真4右のモノリス)では、5千年前までの表土の上に比較的大きな軽石が15cmほど堆積しています。この層は噴火のとき直接空中から降下したと思われます。その上の厚い灰色の層の中には直立する湿性植物の遺体が認められ、細かい火山灰が水の弱い流れにともなって周囲から集まり、厚い層になったのではないかと推測されます。

4. 斜面の位置による土の変化(斜面上部、中部、下部の比較:川渡ススキ草地)

 丘陵地における黒ボク土の断面が斜面の上部と下部で変化する例です。一目見てわかりやすい変化は表層の黒い層の厚さです。斜面上部ほど黒い層が薄くなります。これは斜面上部ほど乾燥しやすく、有機物が分解しやすいためです。植物養分も斜面の下方で多く、植物の生育も斜面の上部から中・下部に向かい旺盛になる傾向があります。
写真5:斜面の土のモノリス図3+:斜面の土の模式図

5. 水田の土の特徴

 わが国の景観における特徴の一つは平野に広がる水田です。水田は水稲の生育する4ヶ月ほどの間湛水します。このため、水田の土の断面には水の影響がでます(写真6)。この鹿島台の断面写真を撮ったのは稲の収穫後で、土の表面に水はありませんが、土の中には水の影響が残っています。

 影響する水には二種類あります。地下水とかんがい水です。この写真では水田の下層はほぼ常時水に浸って還元状態になっています。写真では水を掻い出したので水面の位置は1m以下ですが、このままにしておきますとゆっくり水面が上昇します。

 この青い層の上には薄茶色の土に茶色の斑紋が多くでています。これは鉄の沈殿で、湿生植物の根の周囲またはその根が分解してできた管状のすきまにできています。このことはこの層または上部の層が還元-酸化をくり返したことを示します。

 深さ約30cm付近に黒色の層がありますが、これは以前の表土です。この地点ではその上に洪水堆積物または客土が上乗せされ、現在の水田作の影響は深さ30cmまでの部分に別に認められます。

 上部約30cmのなかでも、その上の部分10数cmが現在の作土です。かんがい水の影響があるのはこの作土とその下20~30cmまでの部分です。水田作土は少なくとも前作の水稲根、稲かぶ、散布されたワラまたは堆肥などが入り、それが微生物の餌となり、湛水期間中には容易に還元状態となり、マンガン、鉄は溶出します。このような湛水期間における作土の強い還元は水田の土の特徴です。還元状態の鉄やマンガンがゆっくり下層に移動し、作土の下が酸化状態なら、そこで沈殿して斑紋ができます。写真6における現在の作土の下にできた鉄の沈殿は深さ約20cmの所にあります。
写真6:水田の土(鹿島台)

企画展解説 <5. 宇宙から土を調べる>

 土とその上に生育している植物とはお互いに影響しあっています。たとえば、栄養が豊富な沖積土壌は植物がよく育ちますが、養分が少ない火山放出物・未熟土壌は植物の生育がよくありません。また、生育している植物によって土が変化して、同じ火山灰からできた土でも、針葉樹が生えていると腐植が多くなったり、広葉樹だと少なくなったりします。このように、地上の植物を見ることは土をしらべる重要な手がかりになります。しかし、広い範囲の植物をしらべて歩くのは大変です。このため、飛行機や人工衛星を使って、空や宇宙から地上の様子をしらべる技術(リモートセンシング)ができました。

図4:2つのリモートセンシング衛星 図4は気象観測衛星と地球観測衛星との2つのリモートセンシング衛星を示しています。気象衛星「ひまわり」は静止衛星と呼ばれ、赤道上空35,786kmの円軌道で1日1回転することで、同じ地点の日本を観測し続けることができます。地上から衛星は、いつも同じ所にあるように見えるので静止衛星と呼ばれています。地球観測衛星は、上空300~1,500kmの円軌道、ほぼ北極点と南極点の上を通る極軌道で1日10~20回転します。地球観測衛星は北極と南極の上空を通る同じ軌道を回り続けますが地球が自転することで、世界中を観測することができます。

図5:画像データから作成した土地被覆分類図 図5は下北半島恐山周辺の画像と、その画像を土地被覆物で分類した結果です。「モノリスで土を見る」で展示している下北半島のモノリス採取箇所を表示しました。小目名沢は広葉樹林、八滝沢は針葉樹林であることがわかります。原画像では針葉樹の緑が広葉樹より濃いことがわかります。このような色の差により、それぞれの土地被覆物をわけることができます。

 日本は島国で、四方を海で囲まれているために、雨にめぐまれていますが、植物で土がおおわれるため、「宇宙から土を見る」ことは難しいです。しかし、宇宙から植物や地形をしらべることにより、土の分布状態やその性質を推定するのに役立ちます。

企画展解説 <6. 植物を育む土>

図6:植物の必須元素とその動態 土の重要な機能の一つは、養分と水を供給して植物を育むことです。そして、私たちはその機能を食料生産に利用しています。また、土の中には、作物の種類にもよりますが、生育を阻害する化学形態の物質を含むものもあり、改善を要します。このような作物と土・肥料の相互関係の中から、目に見えやすい現象をとりあげました。

 植物に必要な必須元素は一般に16種類です。これらのうち、炭素、酸素、水素は植物体を構成する主要元素で、空中から炭酸ガスとして、あるいは土から水として吸収します。窒素、リン、カリウムはその次に多量に必要な元素で、おもに根を介して土から吸収されます。ただし、窒素は後述のように微生物のはたらきにより空中から取り入れる植物もあります。この他に植物はカルシウム、マグネシウム、イオウ、鉄、マンガン、銅、亜鉛、モリブデン、ホウ素、塩素などを必要とします(図6)。

 これらの元素の起源は土の材料である岩石などに由来し、腐植や粘土などに保持されています。また、自然状態では希薄な養分を集める機能をもつ微生物との共生もあります。自然植物はこのような自然の養分循環の中で生存しています。

 私たちの食料生産においては、上記のような自然の植物養分の動きだけでは十分でなく、品質向上・安定増収のため補給が必要な場合もあります。その養分を補給するのが肥料で、有機質・無機質多様なものが使われています。

  1. おいしいお米をつくるために --窒素の調節--
  2. 肥料にも毒にもなる窒素 --アンモニアガスに対するデントコーンの根の応答--
  3. リン酸肥料にからみつくアブラナ科作物の根
  4. 作物に対する酸性土壌の障害

1. おいしいお米をつくるために --窒素の調節--

 稲はわが国の主要作物です。稲の人口扶養力は高く、東南アジア諸国においても多くの人口を支えています。しかも稲は水田で栽培すれば、長期間連作できます。そして、稲に必要な多くの養分はかんがい水から得られます。

 このような状況下で水稲の生育に最も大きく影響するのは窒素です。しかし、窒素の施肥量は多すぎても少なすぎても水稲にはよくありません。適量の窒素施肥が重要です。写真7は無施肥区、無窒素区、無リン区、窒素・リン・カリウム施与区(三要素区)の写真を示しています。無施肥区のイネは極めて生育不良です。無窒素区では葉が黄緑色となり、下位の葉が枯れます。無リン区では茎の数が少ない一方、窒素は十分あるので葉の緑色が濃くなります。窒素・リン・カリウムを適量施肥すると望ましいイネの生育になります。窒素過剰稲は葉の緑色が濃く、一見良さそうに見えますが、病気がつきやすく、穂のでる時期が遅れ、実りが不十分になります。味の良い米を生産するには、窒素の施肥時期も重要です。穂がでそろってからの窒素施肥は食味を低下させる傾向があります。
写真7:多湿黒ボク土における水稲の施肥試験

2. 肥料にも毒にもなる窒素 --アンモニアガスに対するデントコーンの根の応答--

 適切な窒素施肥は畑作物の生育にも重要な事項の一つですが、窒素肥料の化学形態によって根の生育を阻害することがあります。尿素はよく使われる窒素肥料のひとつですが、土の一部にまとめて施与すると発生したアンモニアガスの濃度が高まり、その部分における根の生育を阻害します。植物根にとってアンモニウムイオンは養分ですが、アンモニアガスは毒です。写真8左はデントコーンの根の部分に窒素肥料をまとめて与えた例で、アンモニアガスの発生により肥料の周辺(左下)には根が広がっていません。

写真8:デントコーンの根の左下部に尿素を施与した効果

 尿素はつぎの式のように、土の微生物のウレアーゼで炭酸アンモニウムに分解されます。尿素→炭酸アンモニウム→アンモニアガス(土の中での尿素の分解過程)。炭酸アンモニウムは水に溶けるとアルカリ性を示します。アンモニウムイオンは酸性側では水によく溶け、気化しませんが、アルカリ性ではアンモニアガスになります。しかし、アンモニアガスの発生は一時的で、種をまいてから6週間後には肥料効果により施与部に根が密集しています(写真8右)

 また、普通農地の土は微酸性で、pH変化を緩和する機能(pH緩衝作用)もあります。炭酸アンモニウムの生成量がpH緩衝能を超えてアルカリ性にならなければ、アンモニアガスは発生しません。尿素はアンモニアガスの害がでないように使う必要があります。

3. リン酸肥料にからみつくアブラナ科作物の根

写真9:デントコーンとコマツナ,ハクサイのリン酸肥料に対する応答の差異 リン酸肥料は、土に施与すると、土の成分と反応して肥効が下がります。リン酸肥料はおもにリン鉱石から作られますが、地球上の利用しやすいリン鉱石の寿命は50-200年とみられています。リンも土の中では作物多収のためには重要な養分です。わが国では現在リン酸肥料を全量輸入に頼っています。

 植物はリンの欠乏にさまざまな応答をします。その中に写真のようにリン酸肥料に根がからみつくものがあります。この性質は今のところアブラナ科作物とソバに認められています。デントコーンの地上部は葉が紫色になるリン欠乏症状を示していますが(写真9デントコーン)、根は白い固形物として施与したリン酸肥料に何の反応もしていません。

 これに対してコマツナではリン酸肥料に根が密に接触しています(写真9コマツナ)。この断面をハクサイの例で見ますと根とリン酸肥料の間には土はなく、リン酸肥料を根が直接吸収できる形態になっています(写真9ハクサイ)。リン酸肥料を施与するとアブラナ科作物が良く生育することは以前から知られていました。その理由はこのようなリン酸肥料に対する強い根の応答のためのようです。アブラナ科植物には後述の菌根菌が感染しないので、この特性によるリン酸肥料の肥効向上等が期待されます。

4. 作物に対する酸性土壌の障害

 多くの湿潤気候下にある台地・山地の土壌は酸性化します。それは薄い炭酸水である雨の影響です。単に岩石が水に溶ければ、弱アルカリ性です。しかし同時に、粘土鉱物も沈殿します。植物が繁茂すれば腐植も集積します。その粘土鉱物や腐植はおもに負の電荷を持ち、その負電荷の部位に保持される陽イオンは雨水(希炭酸水)により、水素イオンまたはアルミニウムイオンにかわります(図7)。

図7:酸性の土のできかた

 アルミニウムイオンは多くの作物に有害です。特にゴボウ、ニンジン、ムギ、ホウレンソウ等はアルミニウムの害を受けやすい作物です。写真は下層にアルミニウム過剰害を示す土(写真10の1、2)と示さない土(写真10の3、4)を置いてゴボウを栽培した例です。下層のアルミニウム過剰害を示す土ではゴボウの根の伸長が悪い様子がわかります。このような土でも石灰(炭酸カルシウム)で土のpHを6付近まで上げると、根は伸びるようになります。したがって、このような土では作土だけでなく、下層の酸性中和も重要です。なお酸性の土ではアルミニウムの過剰害の他に多くの植物必須元素が不足する傾向にあり、施肥により補給する必要があります。
写真10:強酸性下層土と弱酸性下層土におけるゴボウの生育

企画展解説 <7. 土をかえる生物>

 土には植物の他にたいへん多くの生物が住んでいます。それらはネズミやモグラのように大きな動物、ミミズや昆虫、そして、カビや細菌のような微生物です。これらの生物は、有機物の物理的分解、化学的分解合成などの形態変化、移動、循環などに重要な役割を果たしています。動植物の遺体、生ゴミなどが土の中でしだいに分解されて形が無くなるのもこれらの生物の働きです。

 ここではこれらの中からイトミミズ、菌根菌、根粒菌のはたらきを紹介します。

  1. 田んぼのショベルカー --水生ミミズ(イトミミズ類)の働き--
  2. キンコンキンってなんだ?
  3. 気から肥料をつくる --根粒菌--

1. 田んぼのショベルカー --水生ミミズ(イトミミズ類)の働き--

 畑の中のミミズは土を食べ、消化し、フンとして排出することによって土を耕し、肥沃にすることが知られています。水を張った田んぼにも水の中で生きることができるミミズ(イトミミズ類)が住んでいます。田んぼのおもなイトミミズ類(イトミミズ科)は、ユリミミズとエラミミズであり、最大でも15cm程度の大きさで、紅色をしています。このイトミミズ類は農薬を使わない田んぼで多くなりますが、どんな働きをしているのでしょうか。

 イトミミズ類は頭を土の中に、尻(尾部)を土の表面に出し、活発に土(の中の有機物や微生物)を食べて、フンを土の表面に排出します。そのため、イトミミズ類は、(1) ベルトコンベアーのように下層の土を表面にもち上げ、(2) 土にたて穴を掘り、(3) 土の有機物を部分的に消化し、微生物による分解を促進するのではないかと考えられます。
写真11:エラミミズ図8:水田でのイトミミズ類の働き(模式図)

 そのために、イネにとって最も重要な栄養分である土の中の窒素(アンモニウム態窒素)がイトミミズ類の活動によって増加します。さらに、イトミミズ類は、(1) の働きによって雑草の種子を土にうめこむので、農薬を使わない田んぼ(有機栽培)で雑草を少なくすることが期待されます。これらは田んぼでイネを作る時のメリットとなります。

 イトミミズ類は栄養分が豊富で、田んぼにすむドジョウなどのエサとして優れているだけでなく、(2) と (3) の働きによって田んぼの水に栄養分(窒素など)を増加させ、植物プランクトンとそれを食べる動物プランクトン(ドジョウなどのエサ)を増やします。田んぼにドジョウやカエルがふえると、それを食べにサギやコウノトリなどの水鳥がやってきます。このような食物連鎖のつながりを通じて、イトミミズ類は田んぼの生態系を豊かにすることが期待されます。
写真12:不耕起栽培水田(有機栽培)における昨年の稲わらの埋没図9:水田状態での雑草種子(コナギ)のイトミミズ類による埋没

2. キンコンキンってなんだ?

写真13:ダイズの根の細胞内に形成されたアーバスキュル(樹枝状体) 植物の根は、生育に必要な水や養分を土から吸収する重要な役割を果たしています。その根には、ある種の菌類(カビ)が共生していて根の養分吸収を助けています。この菌類のことを「菌根菌(きんこんきん)」と呼びます。実に陸上の8~9割の植物種には、「菌根菌」が共生していると考えられています。

 菌根菌にはいろいろなタイプがありますが、代表的な菌根菌は、「アーバスキュラー菌根菌」あるいは「VA菌根菌」と呼ばれるタイプで、ごく一部の分類群を除く、きわめて広範囲の種類の植物種に形成されています。「アーバスキュラー菌根菌」の形成されている根は見たところ普通の根と何ら変わりはありませんが、色素を使って染色してみると、根の中に菌類が入りこんでいる様子を観察することができます。「アーバスキュラー」という名称は、根の細胞の中にこの菌の菌糸が入り込んで形成される「アーバスキュル(樹枝状体)」に由来しています(写真13)。

写真14:菌根菌が植物(白クローバ)の生育に及ぼす効果 菌根菌は、植物の根の中から土の中へ広く菌糸を伸ばして、土の中の養分、特にリン酸を吸収して、それを植物に供給しています。一方、植物の光合成産物である糖類などの炭素化合物が菌根菌へ供給されます。つまり、菌根菌と植物は、お互いに養分を供給しあって助け合う文字通り「共生」関係にあるのです。このような作用で、アーバスキュラー菌根菌は、リン酸分の少ない痩せた土で植物が生育するのを助けることができます(写真14)。肥料の主成分の一つであるリン酸は資源の枯渇が危惧されています。昨今、リン酸肥料は高騰し、農家は困っています。菌根菌を含んだ農業用資材はすでに販売されています。まだまだ高価ですが、私たちは、この菌の機能を活用することによって、作物を栽培する時のリン酸肥料の節減を目指して研究を進めているところです。

写真15:アーバスキュラー菌根菌の胞子 アーバスキュラー菌根菌は、普通の菌類とはずいぶんと違っています。0.1~0.5ミリという、菌類としてはきわめて巨大な胞子を作ります(写真15)。最近の分子系統学的な研究の結果、この菌は、菌類の中でももっとも古いタイプに属すことが分かってきました。さらに、最古の植物根の化石の中に菌根菌に似た構造があります。4~5億年前、植物が進化し、そのすみかを水の中から陸地へと移した頃には、すでに根に菌根菌が共生していたらしいのです。今の陸上の多様な植物も、土の中の菌類との「菌根」共生という営みを数億年にわたってつづけて、共に進化をしてきたのです。

3. 空気から肥料をつくる --根粒菌--

 土の小さな生き物の中には、空気から肥料を作るものがいます。最も身近なものはダイズなどのマメ科植物の根に共生している根粒菌(こんりゅうきん)です。窒素分が少ないやせた土でもマメ科作物を植えると盛んに育つことが昔から知られていました。根粒菌はマメ科植物の根にこぶ状の「根粒」を形成します(写真16)。「根粒」を切ってみると中は赤くなっています(写真17)。この赤い色は、マメ科植物と根粒菌が共同してつくるタンパク質で、私達の血液中のヘモグロビンと似ています。空中の窒素を有機窒素化合物にかえるために大切な役割を果たします。
写真16:ダイズの生育を大きく促す根粒菌の窒素固定写真17:ダイズに着生した根粒とその内部

 共生は二つの生き物が助け合って生きていることですが、マメ科植物と根粒菌の関係は、まさに共生です。マメ科植物は太陽エネルギーから作り出した糖分を根粒菌に与え、その見返りとして根粒菌は空中から窒素を有機化合物に変えてマメに与えています(図10)。

 根粒菌とマメ科植物のこのような関係は約7000万年前に作りだされたといわれています。ただ、どの土にも役に立つ根粒菌が住んでいる訳ではないので、根粒菌が販売され、マメ科作物の栽培に利用されています。このように昔から知られている根粒菌でも、「どうしてマメ科植物だけが根粒菌と共生するのか?」、「根粒はどのようにできるのか?」、「こぶは作らなくても植物に役に立つ微生物はいないのか?」などわからないことがたくさん残っています。二つの生き物の関係は大変複雑ですので、その関係の謎解きは遺伝子やゲノムといった最新の生命科学の手段で行われています。
図10:ダイズと根粒菌の共生関係

企画展解説 <8. おわりに>

 土は、物理、化学、生物、地学など多分野の現象が複雑に 組み合わさったふしぎな世界です。自然の法則だけでなく、 人為も加わります。空気や水を健全に保つことは私たちの生 活の場を快適に保つために必須です。このような身の回りの 保全すべき対象、あるいは理解すべき対象に、土を含めるこ とはいかがでしょうか。

 古代文明のいくつかは大河の下流域に展開しました。そし て、何百年も繁栄がつづいたことはその文明人たちの英知の すばらしさを示しています。しかし、上流部の乱開発が進む につれて、豪雨時に土壌侵食が進み、下流域は洪水堆積物に 埋もれ、文明はしだいに衰退したとの説があります。すなわ ち、土の管理が不十分であったことが文明衰退の重要な原因 のひとつと考え得るようです。

 土の科学の課題は、生物の住む地表面付近の物質収支、物質循環と生物の生育を制御する法則を解明し、土と自然および農業生態系を健全に維持することです。このような努力の中で、さまざまな作物生産や林木生産ひいては炭素貯留などの点でより効率的、かつ環境保全的な土の管理法が開発されれば、さらに幸いです。

謝辞:モノリス採取に協力をいただいた国立公園、国有林および青森県関係各位、福島県農業総合センター、福島県会津美里町 佐藤富雄氏、同河沼郡湯川村 小林孝一氏、およびその他の協力者の方々に謝意を表します。

伊藤豊彰
菅野均志
斎藤元也
斎藤雅典
高橋 正
南條正巳
南澤 究
東北大学大学院農学研究科
東北大学大学院生命科学研究科
東北大学学術総合学術博物館
仙台市科学館

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